【Researcher's Eye】
梅澤 佑介:人気こそ正義?
2024/08/21
「売れているものが良いものなら、世界一うまいラーメンはカップラーメンだ」。ネット上でよく目にする、ある著名なミュージシャンが言ったとされる言葉です。出典は不明ですが、注目すべきは、この言葉を「説得力ある名言」として捉えている人が相当数いるということでしょう。
私自身、これまでの人生の少なからぬ部分を、アメリカンフットボール、ブルータルデスメタル、そして政治思想史と、ことごとく「人気のないもの」に捧げてきました。冒頭で触れたラーメンもまた私の青春の一部です。高校時代、夏休みのアメフト部の練習後は毎日のようにヒヨ裏でラーメンを食べていました(ちなみにカップラーメンも大好きです)。ですがそんな私でも、365日ラーメンを食べている評論家ほどには、ラーメンの味を判断する舌に自信はありません。私は新しいラーメン屋を探すとき、年に一度しかラーメンを食べない人の意見よりも、ラーメン評論家の意見を参考にします。「意見」には質的差異があると考えているからです。
しかし、私たちが採用している「民主主義」という政治制度においては、すべての意見が同じ「一票」としてカウントされます。民主主義は「政治的平等」という重要な価値を実現する一方で、「専門知」という別の重要な価値を犠牲にしてしまうのではないか。そのような問題関心から、最近、『民主主義を疑ってみる──自分で考えるための政治思想講義』(ちくま新書、2024年)という本を出版しました。
いかなる手法であろうと、とにかくより多くの票を獲得した者が基本的には当選するのが民主主義国における選挙ですが、このような原理原則は制度的次元にとどまらず、社会の風潮にも見出すことができます。みんなが「良い」と思っているもの、誰でも価値を理解できるものこそが「良いもの」である。こうした価値観に対する違和感を表明したのが、先ほどのミュージシャンの言葉でした。
「大学」とは、世間のそうした傾向に対する抵抗の拠点です。大人になると珈琲が旨く感じるように、世の中にはその価値を理解するのに多少の苦労や成長を要する物事がたくさんあります。新しい領域の価値や魅力を知ること、そのような意味での「成長」の手助けに携われていることに、いま私は幸せを感じています。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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梅澤 佑介(うめざわ ゆうすけ)
関東学院大学経済学部専任講師
専門分野/ 西洋政治思想史