【Researcher's Eye】
渡部 雄太:国際貿易の原点と今
2024/07/15

なぜ貿易が起きるのか。貿易は望ましいのか。このような問いに答えるために、私のような国際貿易の研究者はイギリスの経済学者、デヴィッド・リカードの考えたモデルに立ち戻る。リカードのアイディアは、国際貿易論の嚆矢でありながら、今もなお分野の核となるものである。
リカードはシンプルなモデルから貿易が起きる状況を考えた。イギリスとポルトガルの2つの国が布とワインを貿易する状況をみてみよう。両方の国でそれぞれの財は生産できるが、国によって生産性が異なる。どの国がどの財を生産し、貿易すべきなのだろうか?
イギリスが布とワインの両財においてポルトガルより効率よく生産ができるとしよう。リカードはその場合でも貿易は起きると説明する。労働者が限られている以上、布を生産するためにはワインを諦めなければならない。つまり布の生産にはワインの生産という機会費用が伴う。
するとイギリスでポルトガルよりも両財が効率よく生産できるとしても、機会費用の観点からはワインか布、どちらかの生産はポルトガルより高くつく。もし布の機会費用がイギリスにおいてポルトガルより高いなら、イギリスはワイン、ポルトガルは布の生産に特化する。リカードはそれぞれの国が機会費用の低い財──これを比較優位のある財という──に特化し、その財を輸出することを示し、このモデルは国際貿易論の金字塔となった。
しかしリカードのモデルは一般化に難があった。実は3つの国、3つの財では簡単には比較優位が定義されず、貿易パターンの予測も難しい。これが60年代に示されて以降、比較優位は実用的でないと理解され、リカードのモデルは長い冬に入ることになる。このモデルが再び芽吹くには2002年のジョナサン・イートン氏とサミュエル・コータム氏の論文を待たなければならない。両氏はリカードモデルを多国多財に拡張することに成功し、彼らのモデルと比較優位の概念は国際貿易理論の中心的な位置を占めるようになった。
ジョナサン・イートン氏は私の指導教官であり、今年亡くなられた。彼はリカードモデルの復活を主導し、私を含め、多くの研究者に影響を与えた。私にとってリカードは研究の原点であり、恩師との思い出を象徴するものなのだ。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
- 1
カテゴリ | |
---|---|
三田評論のコーナー |
渡部 雄太 (わたべ ゆうた)
JETROアジア経済研究所研究員・塾員
専門分野/国際貿易