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【Researcher's Eye】
石川 初:風景への探究

2024/05/30

  • 石川 初(いしかわ はじめ)

    慶應義塾大学環境情報学部教授
    専門分野/ランドスケープ・アーキテクチュア

研究室の学生たちとともに徳島県神山町に通い始めて今年で9年目になる。神山町は四国山地にある人口5,000人に満たない中山間地だが、町をあげた様々な取り組みによっていわゆる地方創生の先進事例としてしばしば紹介される地域でもある。

きっかけは、神山町に移住した古い友人が、神山を調査研究のフィールドにしないかと声をかけてくれたことだった。その時に目にした、四国山地特有の急峻な山の斜面に張り付くように点在する民家や山を這い上がるように続く石積みの棚田や段畑の風景に魅了され、それ以来神山の風景の成り立ちや特徴を調べ、記録する活動を続けている。

これまで、「暮らしの風景」というテーマで民家の周囲や庭先に見られる暮らしの工夫や生業の様子を観察・記録したり、「道の風景」という切り口で車道化以前の道のネットワークや住民の散歩ルートの調査をしたりしてきた。神山を研究テーマに選んでくれる学生も毎年何人かいる。大学を休学して神山町の農業法人で1年間実習をしながら農業景観について研究する学生も現れた。風景は、その地域の自然環境とそこに住む人々の社会や生業が複雑に重なったものであり、変化し続けるものでもある。探究は尽きるところがない。

昨年は、神山町が策定する景観計画にむけた基礎調査として、守るべき・目指すべき「神山らしい風景」を町民が共有できる形にする研究に着手した。その地域らしさは必ずしも客観的に存在するものではなく、それを受け取る人々の中にあるものだと考え、町に在住する人々に話を聞くことにした。社会的立場も世代も異なる十数名の住民にそれぞれ2時間近くインタビューすることができた。詳細な分析はまだ継続中なのだが、どこにでもあるありふれた日常的な景観がそれぞれの人生のなかで固有の経験と結びついて、その人にとっての神山の風景となることや、多くの人が一度は町を出て生活し、その後神山に帰ってきてから景観を対象化し再発見するという経験を経ていることなどがわかってきた。

東京から毎年学生を連れて四国に通うのは容易なことではないのだが、9年も続けているとやめる理由がなくなってくる。今後は、これまで重ねてきた成果をより多くの人が使えるツールに仕立てていくことが課題である。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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