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【Researcher's Eye】
東原綾子:スポーツ医科学研究の祭典

2024/04/24

  • 東原 綾子(ひがしはら あやこ)

    慶應義塾大学体育研究所専任講師
    専門分野/ スポーツ医科学

オリンピック・パラリンピックイヤーとなる今年、4年に一度のスポーツの祭典に挑むアスリートたちは日々トレーニングに励んでいます。その一方で3年に一度、IOCが主催するスポーツ外傷・疾患予防学会が開催され、私も参加しています。世界中の研究者が集い、アスリートの健全な競技生活を科学的に支えるべく、最新の研究成果を基に議論を行うスポーツ医科学研究の祭典とも言えます。

アスリートが怪我に苦しむことなく最高のパフォーマンスを発揮するために、研究を通して支えたい。そんな想いで学部生時代にゼミを選択したのは2004年アテネオリンピックの年でした。それから20年間にわたる私の研究テーマは「肉離れの予防」です。

アスリートの競技成績やキャリアに大きな影響を及ぼす怪我の中でも発生頻度が特に高いのが肉離れです。2020東京オリンピックでも59名のアスリートが肉離れを受傷し、うち24名が競技の離脱を余儀なくされました。発生頻度が高いことに加え、再受傷率が高いことも肉離れ予防の重要性が叫ばれている理由です。

普段我々やアスリートたちが何気なく行っているスポーツ動作は、中枢神経系が指令を出し筋肉を動かすことによって実現されています。スポーツ現場ではよく「肉離れは神経系と筋の協調性が破綻することによって生じる」と言われますが、実はこれを裏付ける科学的根拠はまだありません。また、トレーニングや試合中に「筋肉の違和感」を訴える選手や、肉離れ後に「力が入りにくい」といった感覚を訴える選手もいますが、この現象も証明されておらず、選手の競技復帰タイミングの判断は非常に難しい課題です。こういったスポーツ現場で生じる疑問や課題に対する答えを出すのが研究者である私たちの務めです。

「競技に向き合うアスリートを支えたい」

この想いは今でも変わらず研究を推し進める原動力になっています。私たち研究者が提供する科学的知見の一つひとつは、パズルの1ピースにすぎません。それでもその1ピースが埋まることによって、これまで見えていなかった風景が見えてくるかもしれません。そんな期待を胸に、パズルのピースを握りしめてスポーツ医科学研究の祭典に参加しています。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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