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【Researcher's Eye】
藤野明浩:小児科医が密かに思っていること

2024/03/22

  • 藤野 明浩(ふじの あきひろ)

    慶應義塾大学医学部外科学(小児)教室教授
    専門分野/一般小児外科学、ライフサイエンス

私は全国でも1000人余りの一般小児外科医のうちの1人です。子どもの外科的疾患は少ないのですが、その中で緊急性が求められることが多く、一方で稀で難治性の疾患を速やかに診断して治療を行える知識と経験をもって一人前とされるため、実は小児外科医の修業はなかなか大変です。

さて、私が小児外科見習いを始めた頃、首の巨大リンパ管腫の子がいました。この病気は、胎生期の形成異常によりリンパ液の循環するリンパ管ネットワークの一部が袋状に膨らんだもの(リンパ嚢胞)が集まって腫瘤を形成します。悪性ではありませんが、外見上大きな問題になったり、気道が押しつぶされたりします。治療は難しく一部の患者さんは一生病気を背負っていかねばなりません。しかし、当時、詳しい研究はなく見込みのある治療法はありませんでした。そこで、これは自分で解明していくしかないと考えたのでした。以来、切除した病変の組織から細胞の性質を調べる研究や、難治性の患者さんに対する治療費助成のための全国実態調査と難病指定への提言、一般・医療者向けのHP作成、そして新規治療法の開発・治験、と様々な方面へ研究を進めてきました。

私の活動は私たちの業界ではだんだん知られるようになりましたが、一方でリンパ管腫の根本解決に取り組む研究者が少ないこともあり、私は、運命により自分に課せられた使命は大きいのだ、と次第に思い込むようになり、それに伴い1つのジレンマを感じるようになりました。つまり、リンパ管腫を睨みつつも、小児外科医の本務としてあらゆる疾患を適切に診療する一流の外科医を目指したいこともあり、様々な領域に没入することを自制しませんでした。結果的に私は現在の立場に到りましたが、脇目も振らずリンパ管腫に力を注ぎ込めば、ずっと病気の理解と治療の改善を進められ、多くの患者さんのためになった可能性もあったのに、私はその選択をしなかったと、どうしても引っかかってしまっています。

それぞれの運命的な出会いにより、1つの病気の解明・治療の進歩に一生をかけて真剣に取り組んでいる医師は大勢います。どこまでできるのかは分かりませんが、私も全力を尽くした上で、リンパ管腫に画期的な治療をもたらし、すでに成人している最初の患者さんとそのご家族との約束を果たしたい、と今また思いを新たにしています。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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