三田評論ONLINE

【Researcher's Eye】
内山正登:生徒とともに考えるELSI

2024/02/22

  • 内山 正登(うちやま まさと)

    慶應義塾女子高等学校理科教諭
    専門分野/生物教育、ELSI

ELSIとは、倫理的・法的・社会的課題(Ethical, Legal and Social Issues)の頭文字をとったもので、新しい科学技術を社会として利用していくうえで生じる技術的課題以外のあらゆる課題のことを指します。この言葉は、1990年代のヒトゲノム計画に端を発するゲノム研究において、研究がもたらす社会的な影響が大きいことから、科学技術研究とともに社会科学研究の必要性から登場した言葉です。現在では生命科学だけにとどまらず、AIを含む情報科学など様々な新技術を社会として利用していく上で検討すべき課題として捉えられています。

私は、2020年にノーベル化学賞を受賞したCRISPR-Cas9に代表されるゲノム編集技術に興味をもち、この技術に関するELSIの研究をしています。ゲノム編集技術は簡便かつ効率的に遺伝情報を改変することができる一方で、ヒト受精胚へ利用することによって、次世代への影響などの倫理的課題が指摘されています。また、農作物や家畜へのゲノム編集技術の利用による社会的な課題もあります。私は、専門家ではない一般市民の人々がこの技術についてどのように考え、技術を社会として利用していくために、研究者や為政者がどのようなことに注力する必要があるかについて、一般市民や遺伝性疾患の患者を対象とした質問紙による調査で調べてきました。また、ELSIについて高校生や中学生が一緒に考える機会をもてる教材の開発にも関わってきました。

高等学校では、令和6年度より平成30年告示の学習指導要領に基づいたカリキュラムが全学年で実施されます。この学習指導要領の中では、学校全体で教科横断的な視点から教育を行うことの重要性が示されています。ELSIを考えるためには、科学技術に対する理解だけでなく、公民や倫理に対する知識に加え、自らの考えを表現するための語学力も必要になります。ELSIを題材とすることで、教科横断的な学習につながると考え、積極的に授業の中で取り上げています。現在では、再生医療やゲノム医療に関するELSIをテーマとした授業実践を行うとともに、脳神経科学やAIに関する授業実践の準備を進めています。これからも授業を通して、生徒と一緒にELSIについて考えていきたいと思います。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

  • 1
カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事