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【Researcher's Eye】
林香:腎臓病は老化を加速させる

2023/12/14

  • 林 香(はやし かおり)

    慶應義塾大学医学部内科学教室教授 
    専門分野/腎臓内科学

慢性腎臓病は高齢化社会を背景に増加の一途にあり、今や日本人の8人に1人が慢性腎臓病(Chronic kidney disease, CKD)であると言われている。加齢にともなって、腎臓の仕事量(糸球体濾過量)は低下することが知られている。しかし、腎臓は沈黙の臓器と言われており、腎不全が進行するまで症状に乏しく、腎臓が悪くなっても透析にさえならなければいい、と思われる方も多いかもしれない。

ところが、近年、CKDは命に関わる心血管合併症の大きなリスクになることが明らかになってきた。さらに最近では、CKDがあることで、他の臓器の加齢が大きく進むことがわかってきている(Nat Med 2023)。つまり、全身の加齢をできる限り防ぐためには、腎臓の機能に留意しなくてはならないということになる。

私は単に尿をつくるにとどまらない腎臓の奥深さにひかれて腎臓内科医となり、腎臓病の診療に携わりながら、教室の先生方と一緒に腎臓病の新しい病態の理解、治療標的を求めて研究を進めている。最近では、腎臓におけるエピゲノムとDNA損傷に注目した研究を行っている。エピゲノム制御は、DNAの塩基配列に拠らない遺伝子発現制御機構であり、近年、癌や老化に深い関係があることが示唆されている。エピゲノムは、その名前が表すとおり、ゲノム上にあるDNAメチル化やヒストン修飾などいくつかの種類がある。一方でDNA損傷も癌や老化などとの関連が深く、DNA損傷修復は生命維持にとって必須の機構である。

損傷されたDNAは修復の際にエピゲノム情報も同様に修復されるはずが、元どおりにならないことでさまざまな弊害が生じ、病態に関与すると考えられている。私たちの研究においても、腎臓のDNA損傷とそれに関連して生じるエピゲノム変化が、CKDの病態に関与することが明らかになってきているが、さらに、腎臓のDNA損傷が、全身の加齢の進行とも深い関係にあることが示唆されている。

さまざまな疾患のもとになる「老い」の原点の1つに、腎臓のDNA損傷があるとすると、とてもおもしろい。腎臓の秘められたパワーを解明することを目指して、目まぐるしく進歩する新しい概念や解析手法を学びながら、教室の先生方と一緒に臨床に還元できる研究を行っていきたい。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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