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【Researcher's Eye】
恋田知子:幻の骸骨絵巻を求めて

2023/12/11

  • 恋田 知子(こいだ ともこ)

    慶應義塾大学文学部准教授
    専門分野/日本中世文学、仏教文学

黄金バットやアンパンマンのホラーマン、ワンピースのブルックなど、いつの時代も骸骨のキャラクターは人気者だ。死や悪を想起させる一方で、頼もしくも愛らしいとも感じる骸骨のイメージはいつ頃どうやって生まれたのか。

骸骨にまつわる話は古来数多く語られてきたが、陽気な骸骨は室町時代のお伽草子『幻中草打画(げんちゅうそうだが)』において姿を見せる。仏堂でまどろむ旅の僧が墓から現れた骸骨と語り合うという物語で、鼓や笛を奏で舞い踊る骸骨による酒宴が描かれる。続いて男女の抱擁から男の死と野辺送り、残された女の出家と仏教問答に至るまで、すべて骸骨で描かれ、骸骨の一生を物語るのだ。人間は一皮むけば皆同じ骸骨であり、男女の差もなく、生死すら変わらないとする「生死一如」の思想を戯画化する。禅語由来の「幻中草打」は夢中の骸骨から現世の空なることを悟る意で、禅の教えを説く法語絵巻ととらえられる。

時代が下ると、本作品は前半をもとに改作され、臨済僧一休宗純の名が付され、『一休骸骨』の書名で出版された。コミカルな骸骨は人々を魅了したらしく、江戸時代には何度も印刷されるほどの人気作となった。室町時代に端を発する物語絵の骸骨には、現代アニメの骸骨たちのルーツがみてとれる。

実はこの作品、かつては文字通り幻とされていた。1973年に国文学者の岡見正雄氏によって紹介されたのだが、所蔵者不明で他に伝本も知られないことから、散逸したとも考えられていた。室町の物語を研究する私は幻の骸骨絵巻を追い求め、大阪の鶴満寺に伝存することを突き止め、国立歴史民俗博物館や陽明文庫にも伝本があることが判明した。さらに近年、京都の古書店で新たな絵巻が売りに出され、幻とされた本作品に4本もの伝本があることが明らかとなった。

室町時代に骸骨の物語絵が制作された背景には、動植物を擬人化した異類物と呼ばれるお伽草子の隆盛や中国宋代の骸骨画の影響などが考えられる。難解な禅の思想を人々にわかりやすく説くために物語絵の手法が用いられたのだろう。絵と結びついたことで骸骨に新たなイメージが加わった。現代の我々が抱く頼もしくも愛らしい骸骨の源泉はここにある。

室町の物語絵は現代文化のルーツを探るヒントに満ちている。現代でもなお新出本が発見され、新たな謎に取り組める点は、研究の醍醐味でもある。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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