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【Researcher's Eye】
柳明昌:古くて新しい問題

2023/10/26

  • 柳 明昌(やなぎ あきまさ)

    慶應義塾大学法学部教授
    専門分野/会社法、金融商品取引法

専門領域のテーマで論文を書いていると、自分が何をどういう風に面白いと感じるかに共通する面が見えてくる。それは撞着語法的に言えば、古くて新しい問題である。ここでは次の3つを挙げておきたい。

第1に、コーポレート・ガバナンスの問題である。アダム・スミスは『国富論』(1776)において、夙に株式会社に対する疑義を表明した。株式会社の経営者は株主という他人のお金を預かるため自ずと無責任になるし、株主は株主で特権として有限責任の利益を享受して無責任になるというのである。経営者と株主の二重の無責任の問題は会社法学においてなお重要な課題であるが、資本市場の主要なアクターがファンドや機関投資家となった現在、新たなガバナンスの課題が浮かび上がる。

第2に、暗号資産をめぐる法規制である。世の中に新しい商品が登場するとき、証券規制の対象となるかが問題となることがある(SECとRipple の裁判を想起されたい)。証券規制の対象となれば規制当局の監督に服し、新規事業者の負担感が大きくなる。何が証券規制の対象(投資契約)となるかはSEC v. W. J. Howey(1946)の示す基準(ハウイテストとして知られる)に照らして判断される。その際、新たに登場した暗号資産の本質を的確に捉えることが求められる。

第3に、暗号資産は非中央集権型の新たなビジネス主体であるDAO(分散型自律組織)を生み出す契機ともなる。現状、DAOは完全な自律性を備えておらず、人間の関与を必要とするハイブリッドな組織にとどまるが、今後さらに技術が進歩して、アルゴリズム・AIがすべての判断・事務処理を行う完全自律組織が誕生するかもしれない。19世紀以降、法学の世界では、権利義務の帰属主体となる者として、肉体をもった自然人以外に「法人」(法律上の人)を観念してきたが、さらに、動物や自然環境とともにAIの組み込まれた自律的組織を法的にどのように位置づけるかの検討が求められる。

これらの問題を深掘りしていくと、研究を始めた30年前に購入したその20年前に書かれたテキスト(50年前に書かれたもの)を改めて読み直す必要に迫られることがある。古くて新しい問題への取り組みは今後も続きそうである。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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