三田評論ONLINE

【Researcher's Eye】
井上賀絵:変わらぬ子どもたちへの想い

2023/08/22

  • 井上 賀絵(いのうえ かえ)

    慶應義塾大学薬学部准教授
    専門分野/ 数学・教育

「生徒は社会の子どもである」、これは私が中学校で働いていた時に先輩教員から言われた言葉だ。実際、複数の学校で教えてみると、学校が異なるにもかかわらず、各学年の生徒が示す特徴が似通っていたりする。なるほど、子どもたちは世の中の動きを無意識かつ敏感に感じとっているのだと納得した。

小学校から大学まで、子どもたちはさまざまな知識や技術を学ぶ。薬学部では薬学教育モデル・コア・カリキュラムで薬学生が習得すべき知識や技術が示され、私の担当する数学や統計学の内容もそのガイドラインをもとに組み立てている。より効果的に知識を提供するためには、入学前までに学生たちが得た知識や習得方法を知る必要があり、高校までの教科書を調べたりもする。高校までの教科書は学習指導要領をもとに作成され、その内容は10年ごとに改訂される。算数・数学で教える内容は他科目ほど社会の影響を受けないと思われるかもしれない。しかし、戦後まもない教科書には日常生活で数学を活用する場面が多く掲載され、その後の改訂では科学技術の発展に貢献すべく抽象的な難しい内容が加わり、さらにその先の改訂では物事をじっくり多角的に考えるという意図が盛り込まれ、と改訂のたびに確実に変化が見られる。その変化には、子どもたちには日本社会が抱える問題に対応し、力強く生き抜いて欲しいという強い想いが感じられる。数年前に改訂された指導要領では、加速する情報化社会の中で今まで以上に統計学が重視されており、その流れを受けて大学でもさまざまな統計手法を教えることができるだろう。

学生たちの教室での様子はコロナを経て大きく変化した。紙の講義資料に書き込む学生も多いが、PCにダウンロードした資料に電子ペンで計算式やメモを書き込む学生が増えてきた。スライドが見にくいときはスマートフォンで撮影し、画像を拡大して確認する。授業中にスマートフォンを見ている学生は授業を聞いていないと考えるのは時代遅れである。彼らのPCを覗いてみると、付箋紙のように参考画像が貼り付けられ、さまざまな色のメモ書きが加わった素敵な講義資料が仕上がっていた。学生たちは社会に適応し、留まることなく進化する。デジタル機器を華麗に使いこなす彼らを前に、より良い資料提供ができるよう試行錯誤の日々である。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

  • 1
カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事