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【Researcher's Eye】
大薮海:史料は面白い!

2023/08/14

  • 大薮 海(おおやぶ うみ)

    お茶の水女子大学基幹研究院人文科学系准教授
    専門分野/日本中世史

私の専門は歴史学で、とくに日本の中世史(院政期~戦国時代)に興味を持って研究を進めている。

歴史学の主たる研究素材は史料である。史料とは歴史資料のことで、考古遺物や美術作品も含まれるが、私がおもに取り扱っているのは古記録(こきろく)(公家や僧侶の日記など)や古文書(こもんじょ)といった文献史料である。そうした文献史料を博捜し、正確に読み解くことが歴史学の研究には不可欠である。

ときどき学生から「なぜ中世史を研究しようと思ったのですか?」と尋ねられることがある。その質問に対して学問的な回答も用意してはいるが、本音を正直に話せば、「史料を読んでいて楽しい、面白い」からである。

とくに面白いのが、京都で天皇に仕えていた公家たちの日記である。日記といっても多種多様で、日記の記述には記主(きしゅ)(日記の筆者)の立場や個性がとてもよく現れている。

例えば、室町時代の公家である万里小路時房(までのこうじときふさ)の日記(『建内記(けんないき)』)は、時房が南都伝奏(なんとてんそう)という朝廷・幕府と興福寺を繋ぐ役職に就き、時房自身が幕府の将軍と直接面会して政策について議論するなどしていたため、政治的な話題がとても多い。日記中には将軍の発言も記録され、関係文書までもが丁寧に書写されていて記述が非常に詳細である。また同時に複数の案件を抱えていたためか、1日の日記の記事が数頁にわたることも多い。

一方、戦国時代の公家である山科言継(やましなときつぐ)の日記(『言継卿記(ときつぐきょうき)』)は、政治的な話題も豊富であるが『建内記』ほどではなく、むしろ言継の日常生活に関する記述が多く、現代の日記にかなり近い雰囲気を感じる。書き方も、時房の文章は精緻な文章で数行を読み解くのにも苦労するが、言継の文章は情報量が豊富ながらも大変読みやすい。日記に登場する人物も多彩で、公家に限らず武士や町人などさまざまな人々の様子が記されている。『言継卿記』を読んでいると、当時の人をとても身近に感じることができる。

こうした個性豊かな日記を読み進めていると、これまでまったく知られていなかった事実と遭遇したり、先行研究の史料解釈の誤りを見つけたりすることがある。そうした体験をするたびに、「歴史学は奥が深い」と思う。未来はいまだ定まっていないが、過去も決して定まってはいないのである。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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