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【Researcher's Eye】
辻恵子:ケアとエンパワメント

2023/07/24

  • 辻 恵子(つじ けいこ)

    慶應義塾大学看護医療学部准教授
    専門分野/母性看護学・助産学

キャンパスにも日常が戻ってきた。授業を含め学生との対面での関わりから、その一回性の難しさと強みをあらためて意識する。それは、看護・医療を方向づけ、理解を助ける“ケア”という言葉に通じるからかもしれない。

現在、私はおもに助産学の科目群を担当している。助産師は、妊娠・出産の経過を正常に保ち、支えることがその役割である。本来、妊娠・出産は健康で生理的な変化と捉えられている。ただし、その経過は、概ね共通したパターンで推移するように見えても、人により(同じ人でも毎回)それは異なる。そこで必要なケアとは、まさに一回性のものである。私は現在、この分娩経過時間と母子の健康上のアウトカムに関して、また妊娠中に困難な決定に遭遇した妊産婦とパートナーを支える助産師の経験に着目し、調査を行っている。

少子化の影響で、産科病棟の病床稼働率は低下の一途を辿り、分娩取り扱い施設が減少する中、助産師が本来の力を発揮できない状況も増えている。しかし、医師と助産師が共同し、妊産婦自身の潜在的な力を引き出す、根拠に基づくケアを提供する施設も存在する。現在、本学部ではそれらの施設に協力を得、助産教育を行っている。女性と家族が自身の価値観に照らし出産の方法を選ぶこと、なんらかの理由でそれが叶わずとも、当事者が尊重されて出産を経験する場合、その後の育児もうまくいく可能性が高いといわれている。学生は、熟練助産師のサポートを得、妊産婦に一回性のケアを提供し、自身も同時に自己効力感が高まる経験を重ねている。

生物学者の福岡伸一氏の、植物の光合成と共生に準えた“人間も自分のエンパワメントがあって、そこでできた過剰さを、目的なく誰かにバトンタッチしたときに利他が起きるのではないか”との言葉を思い出した。教育に携わる立場として、学生のケアを担う私自身も考えさせられる。

今年に入り、異次元の少子化対策という言葉が聞こえてきた。現在の議論の流れは、女性の就業や結婚、出産の有無を軸になされているが、女性の立場を細分化させず、女性の健康や権利を軸にこの問題を共有することはできないだろうか。社会の中で年代を超えたあらゆる立場の人の健康支援を視野に入れながら、女性の「産む」環境、そして少子化対策についても議論が進むことを期待したい。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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