三田評論ONLINE

【Researcher's Eye】
橋口勝利:近代経済史を「発信」する

2023/07/13

  • 橋口 勝利(はしぐち かつとし)

    慶應義塾大学経済学部教授
    専門分野/近代日本経済史

2022年4月から東海ラジオ「伝七邸100年ヒストリー」(2023年4月からは「渋沢栄一塾」)、同年7月からFM三重のラジオ番組「TOYOBO HISTORY」に出演しています。いずれも、渋沢栄一や山辺丈夫、伊藤伝七などの近代人と紡績業への関わりをテーマに、広く社会に近代産業の軌跡を紹介することが目的です。

シリーズもののラジオ番組は初めての挑戦でした。経済史の専門外の方に、「声」だけで発信する。テキストもレジュメ、写真、データも使えない。渋沢栄一をはじめとする実業家を何人も登場させながら、日本の産業革命を論じるのです。事前に原稿を用意するのですが、普段の講義とは違って自分の間合いでは進みません。これは初めての体験でした。

ラジオの収録後、局の方々から「勉強になりました」や「面白かったです」という言葉があると嬉しいです。役に立つことができたと感じるからです。しかし、心に深く残るのは、やはり課題を伝えてくれる言葉です。「今日のお話は、どこか迷いがありましたね。まだ先生の中で答えがいくつかあるんでしょうね」。この言葉は、「ずしり」と刺さりました。まさに図星だったからです。名古屋からの帰りの新幹線は、ちょっと沈んだ気持ちになりました。

近代史をリスナーにどう伝えるか? その答えは、三重県四日市市での特別番組の収録で見つけました。伊藤伝七の顕彰碑を訪れたとき、番組ナビゲーターの女性から「橋口先生、この碑文にはどんなことが書いてあるんですか?」の問い。そのときは、用意していた原稿はそっちのけで、碑文の言葉にじっと目を向けました。「三重紡績」「合併」「明治維新」「渋沢栄一」。そんな言葉を読み込んでいると、「地域を豊かにしたい」、そんな近代人の気持ちが伝わってきます。気がつけば、近代化への志、そして道筋を夢中で話していました。

思い返してみると、それまではこの番組を通じて、「何を発信したいのか」を十分に意識できていなかったように思います。「近代経済史の研究を通じて、社会に何を伝えたいのか」。その視点が決定的に欠けていたのです。この気づきは、私の研究に新たな力を与えてくれたように思います。

次の収録。今度も、自分の想いを乗せて「近代の息吹」を語りかけようと思います。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

  • 1
カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事