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【Researcher's Eye】
籠谷勇紀:細胞を薬として使う

2023/05/18

  • 籠谷 勇紀(かごや ゆうき)

    慶應義塾大学医学部先端医科学研究所がん免疫研究部門教授
    専門分野/ライフサイエンス・がん免疫療法

細胞を薬として使う「細胞療法」が今、注目されている。細胞は私たちの身体を構成する最小単位で、1つ1つが遺伝子情報を持ち、さまざまなタンパク質をつくり、エネルギーを生み出すなどの活動を行う生き物であるから、“living drug”などとも呼ばれる。細胞療法の概念自体は古くから確立されており、例えば血液細胞の成分を補充する輸血、白血病などの血液のがんに対する骨髄移植などが挙げられる。しかし、近年になり登場した免疫細胞療法は、身体の外で細胞を人工的に加工することで薬として使えるように改良を施すという点が特徴で、とくにキメラ抗原受容体(CAR)導入T細胞療法が、これまでに治療が難しかった血液がんに対して高い奏効率を示し、治療戦略のパラダイム変革をもたらしつつある。

私は現在、上述のCAR-T細胞療法をはじめ、治療に用いる細胞加工技術の開発研究を進めている。細胞療法が既存の治療薬と最も異なる特徴は、身体の中を循環しながら病変、例えばがん組織を発見するや自ら増殖を行い、理論的にはターゲットが消滅するまで効果を及ぼし続けることである。とくにT細胞は免疫細胞の中でも寿命が長く、治療成功例では身体に輸注したCAR-T細胞が10年にわたって存続することが確認されている。

さらに免疫細胞療法はがん以外の病気に対しても射程を広げつつある。例えば全身性エリテマトーデスといった、免疫細胞が自身の細胞を認識・攻撃してしまうことにより発症する自己免疫性疾患において、B細胞を攻撃できるCAR-T細胞により有効な治療効果が得られている。免疫システムは、もともと継続的に身体を監視し、その恒常性を維持するという役割を持つ。その点では慢性的に進行する疾患に対して広く応用性を持つことは理に適っている。さらに言えば、免疫系の監視システムの本領は病気が顕在化してくることを未然に防ぐ、すなわち予防という局面で発揮されるべきで、感染症に対するワクチンがその最たる成功例である。がんについても、免疫監視を潜り抜けた帰結として発症してくることはさまざまな研究で証明されており、この監視能力を例えば高リスクの方を対象に人工的に高めるような、予防的免疫療法を確立することが最終ゴールではないかと考えている。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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