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【Researcher's Eye】
篠原舟吾:線と色の行政学

2023/04/26

  • 篠原 舟吾(しのはら しゅうご)

    慶應義塾大学総合政策学部准教授
    専門分野/行政学

日本の行政学は、独自の歴史や制度を踏まえ、英文学術誌で展開される行政学とは異なる学問体系を発展させてきた。これを国産行政学と呼ぶ学者もいる。アメリカで行政学を学んだ私にとって、国産行政学と国際的な行政学の違いをどのように学生に伝えるかが常に悩ましい。

先日秋学期を終え、金沢21世紀美術館を訪れた。フランス人芸術家イヴ・クラインの展示を観るのが目的だ。クラインは、講道館から柔道の黒帯を取得した親日家だったが、1962年心臓麻痺のため34歳で亡くなった。クラインが柔道を通じて精神と身体の関係を追求し、線で括られたアートから色による解放されたアートを標榜したことが印象的だった。

美術鑑賞は趣味でありながら、私の行政研究・教育に新たな発想を与えてくれる。この日もクラインの線と色の概念に刺激され、日本語と英語の行政学の違いについて、うまく表現できるような気になった。

日本の行政学は、慶應や東大をはじめ法学部で教えられることが多く、線の傾向が強い。医療、教育、治安など多岐にわたる行政を法律や組織で線引きし、効率的な運営を目指す。線の枠組みにより体系づけられた国産行政学は、日本の主な公務員採用方法である筆記試験とも相性が良い。枠組みに基づき試験区分が定められ、志願者は区分に応じた一定範囲の知識を学び準備する。一方で、近年の国際的な行政学は、枠組みの中にある人間の性質に注目しており、色の傾向が強い。

例えば、ジェンダーや人種など多彩な人間の色を行政組織に反映させようとする代表官僚制の研究が盛んで、男女やLGBTQの人口割合と同様の割合で公務員を採用し、民主的な行政の運営を目指す。代表官僚制下の公務員は、担当する行政領域の専門性だけでなく、多様性を尊重した行動・態度も求められるため、面接などの採用方法が必要となる。

広範な行政の適切な線引きなしに、行政サービスを組織的かつ効率的に提供することはできない。しかし、線の枠組みの中に多彩な人間を見出し、線からはみ出す色も多少許容することで、行政は人間社会をより豊かにできるのではないだろうか。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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