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【Researcher's Eye】
岡田暁宜:当事者研究と精神分析

2023/02/22

  • 岡田 暁宜(おかだ あきよし)

    慶應義塾大学環境情報学部教授
    専門分野/精神分析・力動精神医学

近年、当事者研究が注目されている。これは疾患や障害を抱える当事者が同じような経験をもつ仲間とともに、その機序や対処法などを研究する方法であり、発見(discover)を通じて、困難からの回復(recover)を目指している。Evidence-based medicineの時代において、専門家による専門知よりも当事者による経験知に光が当たることは興味深い。

精神分析は無意識の中に抑圧されている何かを解放し、心の自由を回復する実践であり、無意識の意識化を妨げている心の蓋をとる(uncover)ことを目指しているが、心の蓋が脆弱あるいは欠如している場合には、蓋をする(cover)ことが必要である。精神分析概念の中に自己分析という実践がある。これは自らの夢や自由連想を用いて1人で行う自己洞察の方法であるが、精神分析の終結後に分析者との分析過程の内在化とともに1人で行う実践でもあり、精神分析の目標といえる。

当事者とは、ある事象の直接的な関係者を意味しているが、精神分析における当事者とは、外的な意味だけではなく、体験者という内的な意味を含んでいる。自己分析は、1人の当事者による発見の作業であり、1つの当事者研究といえるだろう。精神分析は、分析者と被分析者の外的- 内的な交流に基づく、相互的で間主観的な発見の作業である。そこに分析者と被分析者という2人の当事者が常に存在するという点において、精神分析は1つの当事者研究といえるだろう。

人間は自らの身体の当事者であるが、自らの背中を直接見ることはできない。自らの主観や体験に基づく当事者研究では、当事者の主観や体験を客観視する第三者的視点が重要であり、それは同じような経験をもつ仲間との共同作業によって得られる。精神分析や自己分析において、実践の当事者として何かを発見するためには、当事者には見えない何かを観察する対象が必要である。

精神分析臨床の当事者としての経験を述べれば、近年、当事者の立場にあっても、当事者意識に欠けている人や何かを内的に体験できない人に出会うことがある。そのような人たちにとって、当事者になることは目標であり、当事者研究は1つの達成といえるだろう。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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