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【Researcher's Eye】
福島一矩:研究を活かせる社会に向けて

2023/02/10

  • 福島 一矩 (ふくしま かづのり)

    中央大学商学部教授・塾員
    専門分野/ 管理会計・マネジメント・コントロール

数年前とある企業にてインタビュー調査をしたとき、「あなた方のやっていることは机上の空論ではないのか」と言われたことがある。管理会計のようにビジネスに直結している領域の場合、何か知りたいと思うことがあればビジネス書を手に取る人はある程度いるだろう。すぐに役立ちそうなことが書かれていそうだからである。他方で、研究書や論文は専門用語や統計解析などを用いて書かれていて内容を理解するのは難しいし、現実とどうリンクしているのかもわかりにくいと敬遠されがちである。こうした言動を反映したものが、少なくない人の持っているであろう「机上の空論(≒研究は実務の役に立たない)」という感想なのだろう。

このような実務と研究の断絶はリサーチ・プラクティス・ギャップという問題として認識されてきた。この議論によれば、研究成果をわかりやすく説明する方法が欠落していることがギャップを生み出す要因になっていると言う。昨今、エビデンス・ベースト・〇〇と言われるように、経験や勘だけに頼るのではなく、エビデンスをもとにした意思決定の重要性が指摘されている。この点、研究はエビデンスを提供しうるものであり、難解な研究成果をわかりやすく伝えることの重要性は以前にも増して高まっていると言えるだろう。

そのために必要なことは何か。日々生み出される膨大な数の研究のなかから知っておく価値がある研究成果(エビデンス)を選択し、それを正しく読み解くことである。

では、誰がこの役割を担うのか。研究者という答えはすぐ返ってくるだろう。しかし、ほかには? と言われたときに答えが出てくるだろうか。経験や勘だけに頼るよりも、成功に近づける確率を高められたり、失敗する確率を下げられたりできるにもかかわらず答えがでてこないとすれば、憂慮すべき事態と言えるかもしれない。

もちろん研究を役立てられそうだと考える人がある程度の数に達するまでは研究者がこの役割を担っていくことは必要だろう。しかし、それだけでは状況は変わらない。はじめは受け身だとしても、それをきっかけに自発的に読み解いてみようという人が生まれてくれば研究を活かせる社会ができてくるかもしれない。そうした取り組みが社会の発展にもつながっていくのではないだろうか。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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