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【Researcher's Eye】
倉田知幸:わかりやすく話すために

2023/01/30

  • 倉田 知幸(くらた ともゆき)

    慶應義塾横浜初等部教諭
    専門分野/初等教育(言語・演劇)

横浜初等部に「言葉」という名の教科がある。目指すのは「思考力(クリティカル・シンキング)」と「言語技法(ランゲージ・アーツ)」の習得だ。私はこの教科の担当として、カリキュラム開発と授業研究に携わっている。他方、私にはこれとは別に、普段から生徒たちに実践を促していることがある。それは、相手に何かを伝える時、まず重要な情報を述べ、しかるのちに詳述する、という方法だ。主張する時も、報告する時も、この順序で話すことが肝要だ。こうすることで、わかりやすさが格段に上がるからである。

主張する時は、結論を先に述べ、後に理由づけを行う。生徒たちはこの順序で話すことで、自分の意見を上手く表明できるようになる。私たちの社会は、ハイコンテクスト文化だ。子どもが一言「寒い」と言えば、大概の大人は暖房を入れてやることだろう。話し手の甘えが許容される社会で、主張する力は自然には育たない。自分の考えを明確に伝え、その正当性を支えるための理由づけを行う。これは、ハイコンテクスト文化に生きる生徒たちに必要不可欠なスキルなのである。

報告する時は、まず簡潔に核となる事実を述べ、その後に詳しい描写をする。生徒たちはこの形で語ることで、自分の体験を人に報せるのが上手になる。日本語は、前置修飾を特徴とする言語だ。その言語を使う子どもは、虫を見つけて、次のように報告するだろう。「ぼく、さっき休み時間に校庭に行ったんだけど、そこで、細長くて虹色をした不思議な虫を見つけたんだ。」この報告のわかりにくさは、「虫を見つけた」という事実が、文の最後まで聞き手に知らされないことにある。日本語の冗長性に無意識のまま、報告する力は独りでには向上しない。核となる事実を短い一文で語り、その上で具体的な描写を行う。これは、日本語を使用する生徒たちが須く身につけるべき習慣なのである。

開校から10年が経ち、説得力ある主張、明快な報告のできる生徒たちが増えつつある。しかし、ローコンテクスト文化、後置修飾の言語に生きる人々と比べ、彼我の差は依然大きい。日々成長する生徒たちに刺激を受け、私もまた躬行実践、わかりやすく話せる人でありたい、と思う。「半学半教」はこれからもずっと、私の道しるべでありつづける。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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