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【Researcher's Eye】
松浦淳介:日本政治と忖度

2023/01/13

  • 松浦 淳介(まつうら じゅんすけ)

    慶應義塾大学法学部専任講師
    専門分野/政治学・現代日本政治論

近年、日本政治に関する報道や論評の中で「忖度」という言葉が多用されるようになっている。安倍長期政権下で大きな問題となった森友・加計問題では、安倍首相などに対する官僚の忖度がたびたび指摘され、忖度は2017年の流行語大賞にも選ばれた。

他方で、政治学の分野では、忖度は「予測的対応(anticipated reaction)」として古くから議論されており、政治学が重視する影響力関係の解明において、最も重要な概念のひとつとされている。通常、AとBとの間の影響力関係に関しては、AがBに対して直接的に権力を行使し、Bの行動を変化させることに注目が集まるが、一方で、BがAの意向を忖度し、それに沿うような行動をとることもBに対する大きな影響力行使である。前者はAのBに対する明示的影響力であるのに対して、後者は黙示的影響力と呼ばれる。

これまで私が分析の対象としてきた日本の国会に関していえば、各省庁の官僚によって企画・立案される内閣提出法律案(閣法)に対し、国会が修正や否決を通じて、どれだけその成立を阻んでいるかということが重視される傾向にあり、その多寡が国会に対する評価に直結してきた。しかし、国会の影響力を包括的に捉えるためには、官僚がいかに国会(特に両議院の多数派)の政策選好などを忖度して閣法を準備しているかについても検討することが不可欠になる。

ただし、森友・加計問題において、官僚がどのような忖度を行ったのかを他者が立証することが困難であったように、忖度に基づく黙示的影響力を観察することは方法論上、難しい課題とされている。また、仮に誰かの忖度を実証できたとしても、実際の政治現象は単一のアクターによる一方的な忖度の結果ではなく、各アクターによる忖度とそれに基づく相互作用の帰結として生じる。たしかに、日本の首相は行政部門を統括する執政長官として、官僚などによって忖度される対象であるが、首相もまた与野党、官僚、マスコミ、有権者などを忖度しながら政権運営を行うのである。

このように、各アクターの忖度に基づく複雑な政治現象を理解することには、さまざまな困難が伴うものの、一方でそれが実証的な政治学研究の醍醐味であり、また人間社会とは何かを考える重要な手がかりともなる。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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