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【Researcher's Eye】
鵜浦恵:時をかける三国志パロディ

2022/12/19

  • 鵜浦 恵(うのうら めぐみ)

    慶應義塾大学経済学部専任講師
    専門分野/中国古典文学・白話小説

今年4月、「パリピ孔明」というタイトルのアニメがテレビ放送され、ちょっとした話題になった。同名の漫画を原作としたこの作品は、諸葛孔明が五丈原で没したのち、なぜか現代の渋谷の街に転生、そこで出会った主人公・月見英子の歌声に心を打たれ、新たな主君として彼女に仕えていく……という奇抜な設定になっている。物語のメインは英子の歌手としての成長と、それを支える孔明の軍師(プロデューサー)としての手腕であり、三国志の世界を知らなくても楽しめるが、孔明の立てる計略や台詞、登場人物の名前に至るまで三国志ネタが随所にちりばめられており、三国志ファンであればより面白いのは間違いない。

こうした三国志のパロディは「パリピ孔明」以外にも無数に存在するが、日本人が三国志の物語を好き勝手に描くのは現代に限った話ではなく、どうやら江戸時代の人々も存分に三国志の世界で遊んでいたようだ。

例えば、寛政年間(1789~1801年)に刊行された洒落本で、その名も『讃極史(さんごくし)』という作品。洒落本とは江戸で流行した遊里文学だが、出てくるのは蜀を孔明に任せて隠居している劉備と、彼の元を訪ねてくる孫権、曹操。舞台は一応三国時代の中国となっているものの、彼らの話題は江戸で流行っている書画や菓子など、洒落本らしい「通」なものとなっていてじつに可笑しい。「(赤壁の戦いで)孔明があの風を祈ったというのは本当か」といった『三国志演義』に絡む話題も豊富にあるが、やはり洒落本らしくほとんどが滑稽なエピソードに作りかえられている。しかし中には相当読み込んでいないとわからないような高度なネタや、「劉備ほど贔屓されるものはない」といったメタな台詞もあり、読者層にはかなりの三国志マニアも含まれていたと思われる。

『讃極史』では劉備が江戸っ子口調で「面白たぬきの腹鼓」などと言っているが、「パリピ孔明」における孔明の「It's party time!!」という台詞と、その根底にあるパロディ精神にまったく違いはなかろう。『讃極史』を読んでいた江戸の人が現代に転生しても、きっと三国志の話題で一晩語り明かせるだろうし、一緒に「パリピ孔明」を見て盛り上がれるはずだ。そんな作品がいつか出てもおかしくない。三国志というコンテンツの懐の深さを改めて感じるばかりである。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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