三田評論ONLINE

【Researcher's Eye】
竹中俊子:コロナ禍と創薬の知的財産法制度

2022/10/19

  • 竹中 俊子(たけなか としこ)

    慶應義塾大学大学院法務研究科客員教授 
    専門分野/知的財産権

2017年4月に法科大学院にグローバル法務専攻が設置されて以降、私がテニュアを持つワシントン大学ロースクールとのクロスアポイントメントによって、毎年、知的財産権講座を担当してきた。すべての講義が英語で行われ、履修者の大半は留学生が占める。留学生たちは、2020年度以降、すべての講義がオンラインとなった。その後、日本人向けの講義は徐々に対面授業にもどったが、グローバル法務専攻では、オンライン講義が続き、2022年度もハイブリッド講義で始まった。

コロナ禍のオンライン化は、学生の講義への積極的参加を困難にするデメリットをもたらしたが、私にとっては、メリットの方が大きかったように思う。講義や欧米の学者への講演依頼が容易となり、東京からも海外の講義やセミナーでの講演が可能となった。

さらに、日本政府の審議会や各種知財団体の会合にも参加が容易となった。時差移動や夜の懇親会がなくなり、より健康に過ごせるようになったことも大きい。さらに、コロナ禍は知的財産法に新しい研究テーマを多数もたらした。特許と言えば、競業者を排除する権利と考えるのが普通だが、パンデミック終結を目的とする行為に対しては、たとえ競業者でもこの権利を行使しないと宣言する特許開放の動きが世界各国で広がった。アメリカ政府がワクチンや治療薬の特許の放棄を宣言し、G20首脳会議でもワクチンの知的財産権の効力停止が議論されたが、多数の知的財産権を持つ先進国の反対で開放という結論には至らなかった。

一方、国際条約及び各国知的財産法制度には、緊急時における知的財産権行使制限の制度があり、コロナワクチンだけ特別扱いする必要性が疑問視されている。開発には無数の知的財産権が関連するので、どの範囲まで開放するのかという問題もある。最近は創薬や治療法開発のインセンティブも変わってきていて、独占によって高い価格で新薬を売って投資を回収するという従来のインセンティブに基づく特許制度が時代遅れとなっているとする経済学者の指摘もある。

このように、新しい技術や社会現象が毎年、知財研究者に興味深いテーマをもたらしてくれる。研究者になってすでに30年以上経過する私も、いまだに初学者のような新鮮な刺激を持って、新しい研究テーマと取り組むことができる。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

  • 1
カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事