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【Researcher's Eye】
曙紘之:人間と金属

2022/10/12

  • 曙 紘之(あけぼの ひろゆき)

    広島大学大学院先進理工系科学研究科教授 
    専門分野/材料強度学

学生時代から今日まで「疲労」に関する研究を行っている。といっても我々人間の「疲労」ではなく、金属材料の「疲労」である。我々人間が疲労するのと同じように、金属材料も「疲労」する。負荷が大きいほど、負荷される時間が長いほど疲労による損傷が進んでいく。人間も金属も同じだ。唯一違うのはリカバリーできるかどうか。我々人間はリカバリーの方法を知っている。美味しいものを食べたり、たくさん寝たり……。その方法は十人十色である。金属材料の場合、疲労損傷をリカバリーすることが極めて難しく、多くの場合、疲労は蓄積していくのみである。そして最終的には「破壊」する。時に金属疲労による破壊事故は破滅的な結果に至り、経済的、社会的損失に留まらず、人命の損失すら招くことがある。残念ながら現在の技術では、「疲労しない金属=壊れない金属」を実現することはできない。ただし、「壊れにくい金属」を創製する技術は一歩一歩確実に進んでいる。そのためには、モノがなぜ壊れるのか、そのメカニズムを理解することが大切である。このようなモチベーションから金属疲労を探求する日々を続けている。

金属疲労のメカニズムを解明するには、疲労により蓄積する損傷挙動を観察することが重要であるが、金属材料内部に生じる数ミクロンオーダーの損傷を精度良く観察することは非常に困難である。しかし10年以上前のある日、研究室の学生が驚くほど綺麗な内部損傷の三次元画像を見せてくれたことがある。聞けば、損傷部付近の断面を研磨し、損傷箇所を顕微鏡で撮影した後、0.01ミリ研磨し、新しい断面の損傷箇所を撮影する。これを延々繰り返し得られた膨大な二次元画像を三次元的に繋ぎ合わせた画像だと説明してくれた。近年の観察装置の進歩は目覚ましく、一昔前では到底観察できなかったものが観察できる時代である。しかし、この学生が作った三次元画像を見るたびに、そんな高価な最新装置を使わずとも、労力を惜しまず地道に続けることによって、最新の高価な観察装置に勝る結果が得られることもある、と諭されているような気がする。

この画像1枚を取得するための「疲労」は計り知れない。我々人間には疲労をリカバリーできる能力があってよかったと思う。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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