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【Researcher's Eye】
水野勝広:「見る」と「感じる」

2022/09/02

  • 水野 勝広(みずの かつひろ)

    東海大学医学部専門診療学系リハビリテーション科学教授・塾員 
    専門分野/リハビリテーション医学

視覚というのは、生物学的には、「光の情報が眼球を通して網膜の受容器で捉えられ、大脳の視覚野に伝えられ認知されること」、と言えるだろう。眼球から視神経、さらに後頭葉にある一次視覚野に至る経路に問題がなければ、正常にものを「見る」ことができる。しかし、視覚情報の処理は一次視覚野で終わりではない。一次視覚野に届いた視覚情報の内、形・色・大きさなどの情報は脳の下側(腹側)、位置・動きなどの情報は脳の上側(背側)で処理されると言われている。

脳卒中などにより大脳が損傷すると、その部位によってさまざまな視覚認知障害が起こる。腹側の視覚処理経路に損傷が起こると、物の形・色などがわからない視覚失認などが起こる。また、一次視覚野が損傷した場合も物を見ることができず、これを皮質盲という。視覚失認や皮質盲の患者さんは「見えない」と訴えるが、歩いていると障害物をよけたり、ボールをキャッチできたりする場合がある。このような現象は盲視(blind sight)と呼ばれる。盲視の患者さんは「見えない」がそこに何かあることを「感じて」動くことができる。逆に脳の背側が損傷すると、物が「見えている」のに手を伸ばしてつかむことができない視覚失調という症状が起こる。

網膜の方に遡ってみると視細胞は中心部の黄斑という部分に集中しており、物に焦点を合わせる場合はさらにその中心にある中心窩(か)に光が集まる。中心窩でものを見ることを中心視、それ以外を周辺視という。中心視の情報は大脳では腹側で処理され、周辺視の情報は背側で処理される。周辺視- 背側の情報の一部は直接運動野に送られるので、「見る」前に「感じて」動くことができる。プロ野球選手が150キロの変化球を打つことができるのは周辺視の情報を利用していると考えられる。おそらく達人クラスになれば、周辺視の情報を視覚イメージとして「見る」こともできる。「ボールが止まって見える」というのはそのようなことではないか。少年野球をやっていた頃にコーチである父から「ボールをよく見て打て」と言われていたが、もともと運動が苦手な私は中心視で見ようとしている間にボールはキャッチャーミットに収まっていた。

そんなことを考えながら、ビールを片手に大谷翔平選手の活躍を見るのが最近一番の息抜きになっている。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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