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【Researcher's Eye】
永野寛子:変化の時代を生きる

2022/07/08

  • 永野 寛子(ながの ひろこ)

    立正大学経営学部教授・塾員
    専門分野/経営学説史、戦略経営論

近年、私たちを取り巻く環境変化はますます激しくなっており、企業が生き残るためにはそれらに柔軟に対応することが求められる。そのためのヒントとして、戦略経営論の領域においてダイナミック・ケイパビリティという概念が注目されている。

米カリフォルニア大学バークレー校のデビッド・J・ティース教授によると、企業は、特定の事業パラダイムを前提として活動を効率化するためのオーディナリー・ケイパビリティ(通常能力)に加え、よりメタレベルの能力をもち得る。それが、事業パラダイム自体を修正したり更新したりするためのダイナミック・ケイパビリティ(動的能力)である。

企業がオーディナリー・ケイパビリティのみにもとづいて活動すると、いずれその事業パラダイムは淘汰されてしまう。なぜならば、企業の意思決定が内向きになって環境との乖離が広がるとともに、コスト削減を追求する中で企業固有の価値基準から乖離する可能性が生じるからである。そのため、ダイナミック・ケイパビリティによって事業パラダイム自体を批判し、企業内外の資源や能力を統合、構築、再構成することが求められる。

つまり、既存の事業パラダイムと環境や企業固有の価値基準との乖離を明確にし、それを埋めるために新しい事業パラダイムを再構築しなければならない。なお、複数の事業パラダイムが選択肢として示された際には、企業固有の価値基準にもとづく選択を行うことも必要となる。

したがって、ダイナミック・ケイパビリティ論のフレームワークにおいては、企業は確固たる価値基準を有して価値判断を行うことなしには環境変化に柔軟に対応することはできないことが示唆されていると考えられる。価値基準が不明瞭だと結局環境変化に翻弄されてしまい、長期的な価値創造が不可能となるからである。

アイデンティティの確立と自己批判を伴う変革は一見相反するようにみえるが、後者のためには前者が不可欠だという点が大変興味深い。ダイナミック・ケイパビリティ論は組織を対象としたものではあるが、私自身も自らのアイデンティティを見失わずに知識の成長を続けながら変化の時代を生きていきたいものである。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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