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【Researcher's Eye】
武井良修:極北から領土紛争を考える

2022/06/21

  • 武井 良修(たけい よしのぶ)

    慶應義塾大学法学部准教授
    専門分野/国際法

スピッツベルゲン島という島をご存じですか? 北極圏の北緯78度くらいに位置する、スヴァールバル諸島の中心であるこの島では、冬になると1日中太陽が昇らない極夜になります。筆者が以前1月にこの島を訪れた時も、滞在中一度も陽が昇らず奇妙な感じであったのを憶えています。

もともと無人島であったこの島は、19世紀からその主権が争われていました。1920年に採択されたスピッツベルゲン条約の下、ノルウェーの主権は認められたものの、島への無差別のアクセスや領水における漁業の権利などが全締約国の国民に認められ、今も住民の多くが外国人です。

この条約が結ばれた当時は、一般に領海の外側ではすべての国が公海の自由を享有するとされていましたが、「海の憲法」ともいわれる1982年の国連海洋法条約では、領海の外側に200海里までの排他的経済水域を設定することが可能になり、さらには200海里以遠であっても条件を満たす場合には領土の延長である大陸棚として海底の資源開発などが認められるようになりました。ノルウェー政府がスヴァールバル諸島の領海外に最大200海里までの漁業保護水域を設定し、200海里以遠の大陸棚も申請したことから、これらの海域における資源への平等なアクセスを主張する一部のスピッツベルゲン条約締約国との間で一時的に緊張が高まったこともありました。しかし、この条約の下に設立された独特の法制度が、20世紀の国際法の急激な変化にもかかわらず、100年間以上続いていることには驚かされます。

ただ、領土紛争の多くは、多くの人が居住する領域を巡る争いであるため、解決が難しくなりがちであり、「国際化地域」としてのスヴァールバル諸島の成功は例外的なものです。

さて、最後にもう一つ北極における「紛争」の例をご紹介しましょう。カナダとデンマーク領グリーンランドの間に位置するハンス島という小島の領有権は、この2国によって争われてきました。しかし近年では、毎年両国軍隊がこの島に交互に上陸し、撤退時には領有権主張の一環として自国のお酒を1本ずつ残していっているのだとか(カナダ軍であれば、カナダ・ウイスキーとともに「カナダにようこそ」というサインも)。世界中の紛争が、このようなほのぼのとするものであってくれればよいのですが。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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