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【Researcher's Eye】
村松眞由:日本人と科学研究

2022/05/19

  • 村松 眞由(むらまつ まゆ)

    慶應義塾大学理工学部機械工学科准教授
    専門分野/ 固体力学、数値解析

私がとても好きな本に遠藤周作の『沈黙』があります。その最大の理由は、キリシタン弾圧という「西洋と日本の思想的断絶」から、日本という国の本質について深く考えさせてくれるからです。遠藤周作はキリスト教徒でしたが、幼児洗礼だったそうです。同著からは、望んで信者となった人びととは異なり、本来のキリスト教と日本人である遠藤が納得するキリスト教との乖離に苦しんだことが窺われます。

私は研究に対しても同じことを感じています。私が今研究している力学分野は西洋で誕生しました。17世紀に活躍したニュートンやライプニッツなど、多くの偉大な学者によって力学はかたちづくられてきました。彼らは世界のルールを決める圧倒的な神の存在を疑わないからこそ、美しい学問体系を構築することができたのではないかと思うのです。

私もまたその美しさにひかれ、研究を続けてきましたが、ニュートンが活躍した江戸時代に、彼のような大天才和算家が存在したとしても同レベルでの理論を考えられたかというと、難しいのではと感じています。現代も同様、一般的な日本人が好むスケールと世界のスケールとは離れている印象があります。無理をして同じように研究しても他人の土俵で戦うような気分です。インパクトのある論文を書いても、ノーベル賞をとったとしても、20歳で決闘に倒れ、ほぼ論文を残さなかったガロアのように、200年にわたりその名を轟かせる研究をすることとは本質的に異なるように思います。

では、日本人である私はどのように研究を続け、この先戦っていけるのか? 私が最近考えていることはこうです。

日本人は外部のものを受け入れて、自己流にする力は凄まじい。それが集合知となり、日本人らしさがかたちづくられてきた。私にもその血が流れているはずで、これを活かしていくのが私らしく、日本人らしい研究なのではないか?

そのような考えに至り、最近は海外の流れを追うのではなく、自ら面白いと思ったものを取り入れ変化させていくスタイルになってきました。そう考えるようになって力が抜けたような気がします。

通信技術の発達にともない、ほぼリアルタイムで欧米の情報が得られる時代です。面白いことは何でも取り入れ、私らしく新しいものを生み出していきたいと考えています。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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