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【Researcher's Eye】
渡邊直樹:経済実験学は未だ科学にあらず

2022/03/25

  • 渡邊 直樹(わたなべ なおき)

    慶應義塾大学大学院経営管理研究科准教授
    専門分野/ゲーム理論、経済実験

私はゲーム理論というミクロ経済学の基礎理論で博士学位をとり、今でも本業は理論だと思っているのだが、ここ数年、その実験で論文を書いている。ゲーム理論を基礎として設計された制度の実用化段階では、「何らかの形」で被験者実験を実施し、その性能評価の結果を示すことが当たり前になってきたからだ。ただ、当該分野の名称を問われると、実験経済学から学を切り離して、経済に関する被験者実験という意味で、経済実験と書くことにしている。その成果を科学的知見というにはエビデンス不足であることが多いからだ。

昨年、一昨年には新型コロナウイルスに対応するワクチンの治験プロセスが各メディアでくわしく紹介されたこともあり、実験結果を科学的あるいは統計的にどのように評価するのかについて、多くの人に理解が広まったように思う。被験者の属性にできるだけ偏りが出ないように実験を計画し、統計的吟味に堪えうる仕様で実験を実施すること(内的妥当性)は当然である。しかし、検出された結果が別のサイトでも同じ条件の下で検出されること(外的妥当性)が、経済に関する多くの実験の結果には保証されていない。学術専門誌では、結果の再現性の検討よりも内的妥当性の精度を高める新しい手法の提案が高く評価され、受理される傾向があるからだ。

経済実験のリーダーたちによるこうした評価は、実験経済学が理論とは独立した分野であると主張するには確かに重要である。実験による検証を待つ理論はたくさんあるのだから、(内的妥当性を保証する)「何らかの形」で実験を実施し、その結果を示すことはそれがなされないよりましだという副次的理由付けは、実験経済学が未だにその科学的基礎を固める段階にある分野でしかないならば、それなりの見識ではある。ただ、少し異なる条件下でも同じ結果を観察できるか(頑健性)を問う論文でさえ、経済学の多くの学術専門誌は、前述の評価基準に照らして、門前払いしてしまっている。

この現状の一因は実験結果を考慮して運用を始めた制度に対する定量的評価の欠如にある。ゲーム理論に基づいて設計された諸制度が実務に応用され始めてまだ20年も経っていないのだが、それらの運用データは世界各国で蓄積されてきている。その解析と結果の共有が進めば、経済実験が外的妥当性の保証にも力を入れ始める日は近いはずだ。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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