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【Researcher's Eye】
新屋みのり:氏より育ち?

2022/03/09

  • 新屋 みのり(しんや みのり)

    慶應義塾大学商学部准教授
    専門分野/ 発生遺伝学

「40歳を過ぎてからの顔は、自分の責任だよ」

まだ子どもだった私に向かって、母が発した言葉である。どんな経緯で言われたのかは忘れてしまったのだが、「親の責任(=遺伝)は無くなるのか⁉」と衝撃を受けたためか、この部分だけは記憶に残っている。内容の真偽はさておき、母のこの言葉は、ヒトの顔は環境の影響を受けて変化する、ということを内包している。

私たちヒトの顔には個体識別ができるくらいの違いがある。その違いは、遺伝と生きている間に受ける環境の影響とが絡み合って作られる。母に反論したくて……というわけではないが、私は今、顔かたちの個体差を決める遺伝子の探索を進めている。ヒトではなく、池や小川で泳いでいる小さい魚、メダカを使って。そう、メダカの頭部形態にも個体差があるのだ。そして、ヒトの場合と同様に、環境と遺伝の両方が関わることもわかっている。だからこそ遺伝子を特定するには、なるべく均一な環境の下でメダカを飼育し、環境の影響を排除しようとする。その上で、頭部形態と遺伝的相違との相関を調べることにより、遺伝子の特定を試みている。

しかし、環境は侮れない。スペースの関係で、外気温の影響を受けてしまう環境下でメダカを飼育せざるを得ないことがあった。クローンのように遺伝的に同一になっているメダカを60匹程度、2回に分けて飼育し、その頭部形態のデータを取得していた。念のため、その二集団間の比較をしたところ、統計的に有意な差が検出されたのだ。

遺伝的には同じ集団であるから、生じた差異はすべて環境依存である。調べてみると、飼育時の平均気温が集団間で数℃違っていたことがわかった。外気温の差が水温の差となり、メダカの頭部形態の差へとつながってしまったようだ。つまり、環境の影響を排除しきれていなかったのである。もちろん、その環境で飼育した時の実験は、すべてやり直しとなった(泣)。

粛々と実験を進めつつ、40歳をとうに過ぎた私は、ふとした時に最初に書いた母の言葉を思い出す。うーん、環境の影響は馬鹿にはできない……いやいや、でも間違いなく遺伝子の影響だってあるのだ。今日も自分に言い聞かせつつ、メダカに餌を与えている。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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