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【Researcher's Eye】
矢ヶ崎香:コロナ禍でのがん患者との面接

2022/01/24

  • 矢ヶ崎 香(やがさき かおり)

    慶應義塾大学看護医療学部教授
    専門分野/がん看護学、成人看護学

がん看護学を専門とする私は、2年前より高齢のがん患者を対象に面接法(インタビュー)による調査に励んでいた。

ところが2020年初頭の新型コロナウイルス感染症拡大により、病院への出入りを控え、研究を休止せざるを得なくなった。不要不急の外出自粛で外来通院する患者数は激減し、閑散とした時期でもあった。都内は緊急事態宣言が長く続き、漸く2020年秋になって短期間だが調査を再開できた。

抗がん剤治療中のがん患者は免疫力が低下するので日頃から感染予防への意識は高く、コロナ禍ではより徹底している人が多い。この研究は高齢者が対象なので感染を恐れて面接を拒否されるのではないかと懸念したが、予想に反して多くの方が快く研究参加に同意してくださった。これに応えるべく研究者の体調管理、マスク着用、室内換気、患者との距離を保つなど、我々の責務として感染対策を徹底して臨んだ。

しかしながら、コロナ禍での面接は想像以上の困難に直面した。例えば、高齢者の中には難聴をもつ方が複数いらした。マスク着用とソーシャルディスタンスはコミュニケーションを大きく妨げた。「多少は聞こえる」という方から「マスクを取って欲しい」と求められた。普段は相手の口の動きを見て、話し言葉の理解を補っているそうだ。そうは言ってもマスクを取るわけにはいかず、筆談に加え、患者に近づき声を張ってどうにか終えた。別の面接ではフェイスシールドを装着してみたが、声がシールドに吸収されてしまい、スムーズな対話とはいかなかった。コロナ禍の面接は顔の半分がマスクで隠れて表情が見えにくく、双方の距離は遠く、難しい。単なる会話ではなく、面接法による調査なので声のトーン、会話の間や表情は非常に重要な情報である。また相手との距離、座る位置は深い思いを引き出す上で重要な要件となる。コロナ禍ではそれらが妨げられ、研究の限界(limitation)の1つとなった。研究者としては頭が痛い問題である。

がん患者から生の声を聴き、真のニーズを理解することが新たなケア開発の基盤になると信じている。また、がん患者との面接は研究者が想像できない重要なことが語られ、示唆を得ることができる貴重な機会である。万全とは言えない条件でご自分の体験を丁寧に語ってくださった方々には感謝の気持ちでいっぱいである。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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