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【Researcher's Eye】
岡崎哲郎:私は帝国主義者?

2022/01/13

  • 岡崎 哲郎(おかざき てつろう)

    拓殖大学政経学部教授・塾員
    専門分野/ 公共経済学

私は1984年に慶應義塾大学経済学部に入学し、そのまま大学院に進んで研究者となった。公共経済学を専門としているが、具体的な研究テーマは雑多で、我ながらあきれるほどである。メディア報道の影響について政治学者が多く参加する学会で報告したり、日本人の時間意識について社会学の学会で報告したり、明治憲法の規定の1つについて歴史学者も参加する学会で報告したりした。

アメリカでの社会学の学会で報告した時のことである。大物研究者の基調講演で「経済学帝国主義」という言葉が出てきた。久しく接しなかった言葉である。経済学は、問題の構造をモデル化し、そのモデルを厳密な数学的手法を用いて解き、その結果をデータで検証をする、という体裁を整えていて、社会科学の中で最も科学にふさわしい分野である、といった話を学生時代に書籍で目にしていた。「経済学帝国主義」は、このような考え方から生み出される、他の社会問題も経済学の手法で分析しようとする姿勢を表す言葉である。

困ったことに、その後の報告者が私であった。最初に口から出た言葉が「私は経済学者ですが、帝国主義者ではありませんので、皆さんのご意見を聞かせてください」となった。そして、フロアからは、私の問題意識についての質問だけでなく、ゲーム理論の専門家が発するような均衡概念に関する質問も出て、個人的には得るものが多い時間となった。

経済学帝国主義に賛同しないのは正直な気持ちである。ただ、学生時代に経済学を教え込まれたおかげで、今、政治学、社会学、歴史学等で扱われるようなテーマを勉強できているとも思う。人々の間の複雑怪奇な相互関係を、熱き心を持ち、そして冷静かつ論理的に解明する、という姿勢はまさに経済学で学んだ。そして、そのような思考法が望ましいと考えてもいる。その意味では私は経済学帝国主義者かもしれない。

教室で学生にいつも言っている。「この結果をただ覚えても、僕の試験や資格試験に合格するだけだけど、論理的に考察する姿勢を意識して勉強すれば、試験での正解を忘れても、社会に出て未知の問題に直面した時に、自分で考え、自分の判断が下せる可能性が高まるよ」。同時に自問している。私はそれを帝国主義者とならずに実行できているのか、と。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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