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【Researcher's Eye】
原梓:女性研究者として

2021/11/22

  • 原 梓(はら あずさ)

    慶應義塾大学薬学部准教授
    専門分野/疫学・薬剤疫学

目の前に光が射して開けたような経験、そんな創作の世界でしか起こらないような経験をしたのは、博士課程に入って半年後のことだった。研究室に入り研究の面白さの虜になった私は、そのまま博士課程まで進学した。しかし、研究の道に進むイメージをもつことはできなかった。24時間を研究に捧げる生活を、とくに女性が一生続けられないと知らず知らずのうちに思い込んでいたのだ。当時出身大学の所属学部には女性教員が非常に少なく、女性科学研究者の将来像を描くことができなかったことも一因かもしれない。自分の好きなことをやっているのに、先が暗く見えない日々だった。

しかし、大学で女性研究者支援事業が開始されたことで、私の世界は一変した。立ち上げ時のシンポジウムで出会ったのが、他学部の女性の教授陣と、社会で活躍する女性科学者たちだった。研究の面白さを語り、工夫しながら家庭と仕事を両立する彼女らの輝いている姿に「あ、女性でも研究者として生きていってよいのだ」とおそらく当たり前の、当時としても時代遅れのことを、私は初めて実感したのだった。研究者として生きていけるかはともかく、1つの選択肢として考えてよいということが、こんなにも気持ちを軽く明るくするのかと心が躍った。研究室への帰り道、いつも見ていた光景まで光り輝いていたことを今でも忘れられずにいる。

あれから15年近くたった。私は幸運なことに今のところ本塾の教員として、教育・研究を続けさせていただいている。しかし、2019年にLancet 誌で、“Advancing women in science, medicine, and global health” をテーマに特集が組まれた際には、研究者雇用におけるgender equality は世界的にもまだまだ達成されていないことが言及されている。研究室に配属された学生や大学院生たちと話をしていると、心身ともにすり減っている教員を見ているからだろうか、アカデミアで働くことに対して「絶対に無理」「大変そう」といった言葉ばかり聞こえてくる。そのような時に反省する。私がため息ばかりついていないで、あの時に出会えた女性たちのようならば、学生にとって、アカデミアも魅力的な選択肢の1つになるのではないだろうか。あの高揚感を、今度は後進にも感じてもらいたい。また、ため息をつきそうになる自分に気がついて、急いで背筋を伸ばす。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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