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【Researcher's Eye】
近藤浩之:マーケティングマイオピア

2021/11/11

  • 近藤 浩之(こんどう ひろゆき)

    東京経済大学経営学部教授・塾員
    専門分野/ マーケティング

技術環境の変化は市場の在り方にも大きな変化をもたらす。例えば、かつての自動車メーカーは競合企業として同業のメーカーを意識していれば良かったが、クルマとインターネットの融合が現実味を帯びてきた今日においては、アップルやグーグルなどを強力な競争相手とみなす必要が出てきた。そうした市場環境の変化を受け、トヨタ自動車は「自動車をつくる会社」から、移動に関わるあらゆるサービスを提供する「モビリティカンパニー」にモデルチェンジすると宣言した。また、JR東日本や小田急電鉄は今後の方向性として乗り物のサービス化を意味する「MaaS(モビリティー・アズ・ア・サービス)」を強く意識するなど、企業は自らの立ち位置を見つめ直している。このように書くと最近の新たな動向のように思えるのであるが、何故か既視感を覚えてしまう。

かつてセオドア・レビットは、企業が自らの事業や市場を製品中心に狭く捉えてしまうことにより、潜在的な競争の脅威や潜在的な市場機会を見逃してしまうことを「マーケティングマイオピア(マーケティング近視眼)」と呼んで警鐘を鳴らした。例えば、鉄道会社は自らの事業を「輸送事業」ではなく「鉄道事業」と狭く規定してしまったために、旅客・貨物輸送の需要は増加していたにもかかわらず、その需要を自動車や航空機などに奪われて衰退したというのである。レビットがこの概念を提唱したのは60年以上も前のことであるが、「モビリティカンパニー」や「MaaS」はレビットが挙げた例にそのまま対応しているようにすら感じられる。

研究分野としてのマーケティングの魅力の1つに、社会環境の変化に伴って新たな興味深いテーマが次々に現れてくるということがある。私自身も最近では、消費者によるオンライン情報利用の活発化や、サブスクリプションに代表される所有権の移転を伴わない取引がマーケティングにおいて持つ意味を探求する研究を行っている。しかし、「マーケティングマイオピア」が示すように、マーケティングにはそう簡単には変わらない部分もある。興味深い研究テーマが次々に現れるのはマーケティングの大きな魅力であるが、それだけに、表面的なことのみに流されるのではなく、本質的なことは何かを常に問い続ける姿勢もまた重要だと思うところである。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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