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【Researcher's Eye】
笠井賢紀:オンラインツール活用の蓄積を生かして

2021/10/14

  • 笠井 賢紀(かさい よしのり)

    慶應義塾大学法学部准教授
    専門分野/社会学

私は日々、オンラインツールの恩恵をじつに多く享受している。学生は授業中に質問をオンラインで書き込み、私はすぐに答える。聞き取り調査では前任校の卒業生に頼んで対象者の自宅に行ってもらい、遠隔で話を伺う。クラウドに置いた資料を在宅のゼミ生たちと同時に見ながら翻刻作業を進める。研究会はハイブリッドで行い在外者も参加する。娘の写真をクラウドに置くと祖母からコメントが入る。

授業評価では「オンラインだからこそのいろいろな工夫が嬉しかった」という学生からのメッセージも届く。ところがじつは、ここで紹介したすべてのことも授業中の工夫も、コロナ禍以前から取り組んでいたことばかりである。オンラインツールについては「なぜ使うか」を問われることが格段に減り「どう使うか」の話から始められるようになった。

私はSFCで過ごした学生時代の9年間を通して山本純一先生(現・名誉教授)に師事した。先生はメキシコのサパティスタという「ゲリラ」がインターネットを活用して反グローバリズムの声を広げるさまを克明に描いた。先生はその後、連帯経済やフェアトレードの観点から同地のコーヒー農園の支援も手掛けてきた。ラジオやインターネットは山間のコーヒー農家が市場価格などを知り価格交渉力や販路を手にするための重要な手段だと聞いた。現場を最重視する姿勢だけでなく、地域や人が技術によってつながることの意味についても、ずいぶん前から先生に教わっていたのだと今さらながらに気づかされる。

「10年は地域に通わないと」と先生に言われたのをきっかけに大学院に進学した私も、最初の現場であったフィリピンとは19年、現在の主なフィールドである滋賀県とは10年目の付き合いになった。自分のゼミ生たちにも「10年は…」と言いたいが、「はじめてのフィールドワーク」さえできない状況に心が痛む。

対面での経験の蓄積が大きく「これまで通り」の質の高い授業が展開できずにつらい思いをする同僚がいた。対面での関係性構築がなく友だちができずにさみしい思いをする学生もいた。この時代にたまたまオンラインツールを活用しやすい状況の私は、そうした同僚や学生たちを微力だが支えながらもう少し過ごしたい。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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