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【Researcher's Eye】
米山かおる:欧州の連帯への弛まぬ挑戦

2021/10/11

  • 米山 かおる(よねやま かおる)

    慶應義塾大学経済学部准教授
    専門分野/異文化間教育、移民研究

ベルリンの壁建設開始から60年の今年8月13日、ベルリン各地で式典が催されました。ドイツを始め欧州では、犠牲者への追悼とともに、分断の悲惨な歴史を繰り返さぬ決意と自由の重みが再確認されています。

分断する世界の象徴であったベルリンの壁が崩壊したのは1989年。当時世界は、冷戦の終焉と平和への希望に歓喜しました。それから30年あまり、国境に築かれる分断の壁は減少しているのでしょうか。

カナダの地政学者エリザベス・バレ氏によれば、分断壁・フェンスは、壁崩壊後の15から2017年時点で70に増えているそうです。世界のボーダーレス化は、あるべき未来の姿として歓迎され、強く追い求められてきた一方で、近年、それを牽引してきた欧米においても、国境の壁の増設や社会の分断が次々に顕著化していることから、この傾向にうなずく人は多いかもしれません。既存の分断に追い打ちをかけるかのように、昨年から猛威をふるい続ける新型コロナウイルスは、皮肉にも国境の壁をものともせず、ボーダーレスに広がることで、世界に新たな挑戦を突き付けています。

ヨーロッパにおいては、当初、感染症対策の当然の措置ともいえる域内の国境封鎖が、連帯と結束を要とするEUを揺るがすジレンマともなりました。実際、封鎖により様々な混乱や隣国への不信感、差別などがおこり、国境を塞ぐフェンスは「コロナの壁」として過去の分断のトラウマを少なからず呼び起こしました。しかし、混乱の被害が集中したEU内の国境地域の多くでは、以前から培ってきた隣国間の協力体制があり、封鎖解除を求める下からの要請や連携を可能にしました。こうした原動力もあり、EUはその後数カ月で国境封鎖の解除にふみきり、以降、シェンゲン協定に則した移動の自由の保持に努めながら未曾有の感染症に挑んでいます。

どれだけ逆風が吹こうと、分断ではなく協力と連帯で乗り越えようとする欧州の覚悟と弛まぬ挑戦に、ベルリンの壁建設60年に表明された決意は、とりわけ重みをもって響きます。感染症だけでなく、環境問題や移民・難民、貧困等地球規模の問題は山積しており、解決には世界の団結と連携が不可欠です。度重なる分断の危機を乗り越えてきた欧州が提示する協働のヒントや教訓に引き続き注視したいと思います。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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