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【Researcher's Eye】
李津娥:コロナ禍のリスク・コミュニケーション

2021/07/09

  • 李 津娥(イ ジーナ)

    慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所教授
    専門分野/メディア心理学

新型コロナウイルス感染症は、社会のあらゆる分野に影響を与え、私たちの生活を一変させました。研究者たちもそれぞれの専門領域からパンデミックがもたらした諸問題とその社会的影響の分析に取り組んでいます。筆者もメディア心理学の視点から、パンデミックに関する報道、政府や自治体によるリスク・コミュニケーション、人々の情報行動を研究しています。

その中でもとくに、コロナ関連の情報が若い世代に及ぼす影響に関心を持っています。パンデミックの初期段階から、若年層には軽症者や無症状者が多く、知らないうちに他の人に感染させてしまう可能性が指摘されていました。緊急事態宣言下では、自粛行動を取らない一部の若者がメディアで批判的に取り上げられたり、政府からもたびたび名指しで批判されました。多くの若者が自粛しているにもかかわらず、若年層全体に向けられる批判を疑問視する若者も少なくありません。コロナ疲れから、若年層の情報行動も変化しています。

2度目の緊急事態宣言下の今年2月中旬に、KGRI(Keio University Global Research Institute)の「リスク社会とメディア」プロジェクトの一環として、20代の人たちを対象にWeb調査を行う機会がありました。コロナに関するリスク知覚、他人に感染させるリスク知覚など、若年層の危機意識はかなり高く、多くが自粛行動を取っていました。一方でヘルスリテラシー、つまり感染症に関する情報を理解、評価し、活用する能力の自己評価は高くなく、繰り返されるコロナ関連の報道に情報過多を感じており、情報を回避する傾向も見られました。言うまでもなく、情報回避は感染症への対処行動を阻害する可能性があります。

感染症に関する政府や自治体、メディアの呼びかけが心に響かないという若い世代の意見も気になる点です。政治や報道において、若い世代が過度に非難される一方、政府や自治体の対応には若者の声が反映されていないとする声も多く聞かれました。超高齢社会の日本では、シルバー・デモクラシーの弊害が指摘され、コロナによる世代間分断の深刻化が懸念されています。コロナとの長い戦いにおいては、ポストコロナ社会を担う若い世代の実情把握に基づいた計画的コミュニケーションが必要だと感じています。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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