三田評論ONLINE

【Researcher's Eye】
荒田 映子:「シングル・セット」仕様への警鐘

2021/06/15

  • 荒田 映子(あらた えいこ)

    慶應義塾大学商学部教授
    専門分野/財務会計

私の専門領域は、証券市場における情報の非対称性を解消する仕組みの1つである財務会計である。会計はビジネスの言語ともいわれ、一時期はITや英語とともにビジネスの「三種の神器」などともてはやされたりした。これらが本当に「神器」であるかどうかは別として、3つとも情報伝達の手段であり、情報のやりとりが国際化されたためにこれらを標準化しなければならなくなった、という共通点がある。

情報伝達を国──会社や村など何らかの集合体でよいのだが──を超えて行うためには、その手段を標準化する必要がある。一番わかりやすいのは自然言語である英語であり、さしあたり世界の標準語として機能している。またITについても、卑近な例でいえば、ワードで作成した文書は国を超えてやりとりしてもローカルなパソコンで開いて操作ができる。

会計はどうだろうか。企業の業績を外部の利害関係者に伝える言語である会計情報は、「複式簿記」というツールを「会計基準」というルールによって運用することで生成される。複式簿記というシステム自体はとっくの昔から世界中で標準化されているツールである一方、その運用ルールは、もともとは国や地域の商慣習などをベースに社会規範としてそれぞれに発展してきた。しかし証券市場の国際化に伴って、世界中の会計情報を比較可能にするには、運用ルールを標準化しなければならないというのがここ40年ほどの流れである。そこで国際会計基準審議会(IASB)は、世界中で使われる「シングル・セット」の会計基準の設定を目的に掲げて奮闘しているが、うまくいっているとは言い難い。

想像してみよう。物事を表現するのに英語しか使えないとしたら、どうだろうか。また、昨今はマイクロソフト・オフィスやLINEなどがデフォルトのごとく、かつそれしか認められない形で使われることが多いが、何かの拍子にそれらのシステムが破綻したらどうなるだろうか。

シングル・セットの情報伝達手段を用いる弊害について、自然言語やITに置き換えて類推すれば、多くのことが学べるはずである。会計に限ったことではなく、シングル・セット仕様の弊害を意識することは、入試や組織の業績評価といった教育や経営その他の分野の数々の問題に対する解決策の糸口にもなるだろう。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

  • 1
カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事