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【Researcher's Eye】
ゆらぐ火

2021/05/21

  • 廣田 光智(ひろた みつとも)

    室蘭工業大学理工学部准教授・塾員
    専門分野/ 燃焼工学

火の灯ったロウソク、みなさんはどこを見ますか。普通はオレンジ色に輝く部分、火全体のゆらぎを感じつつロウソクであることを認識すると思います。でも私はこの輝く部分ではなく、こことロウソクの芯の間にある、火の根っこの部分を見てしまうのです。じつはこの火の根っこがとても厄介で大事。火を上手に燃やすのも上手に消すのも、この根っこのご機嫌で決まるのです。

火の根っこのご機嫌は音でとるのが一番です。とは言っても素敵な音楽ではなく、耳に聞こえない超音波を使います。ロウソクの火に向かって自分で「あー」とか「おー」などと声を出してみてください。それこそ火が小刻みにゆらぎませんか。この声が火にとってちょうど良いとよく燃えて、全然良くないと消えます。より高い音だとピンポイントで効きます。これを応用して、燃焼器の中で火をよく燃やして高効率化するための制御装置として、あるいは火災の消火の際に通常の消火器が使えない手術室や宇宙ステーションなどで超音波を用いる消火法として提案しているのが私の研究です。

昨今は電気に依存した生活スタイルです。コンロも電気、明かりも電気、暖炉でさえ電気仕掛けのものが売られています。たばこも電子タバコ。仏壇のロウソクや線香もLED。車や飛行機までも電気にシフトしつつあります。だから地震などの災害で電源が喪失した時に、大変な不便を感じ、急に火のありがたみを感じます。人々の心の中で、生活の根っこは電気なのか火なのか、ゆらぐわけです。火の研究はこのゆらぎの中で進化しています。

線香花火のはかなく美しい輝き。根っこから無数に発せられる小さな輝きは、時間を忘れさせてくれます。火は、人の心を和ませ生活を便利にしてくれますが、時には手が付けられない災害をもたらします。この二面性が火の神秘的な部分です。まずはロウソクに火を灯してみましょう。哲学的に思いにふけるのもよし、工学的に考えるもよし。ゆらぐ火の神秘に触れながらゆっくりとした時間を過ごしてみてはいかがでしょうか。そして火を消す時はふっと火を吹き飛ばすのではなく、「あー」と自分の声で消してみてください。ただし、まわりに人がいないことを確かめましょう。ロウソクに向かって奇声を発するおかしな人と思われないように。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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