三田評論ONLINE

【Researcher's Eye】
現実と研究のはざまで

2021/05/14

  • 三谷 文栄(みたに ふみえ)

    日本大学法学部新聞学科准教授・塾員
    専門分野/政治コミュニケーション

社会科学の研究者は、多かれ少なかれ、現実で起きることに影響を受けながら研究を進めている。例えば、2016年以来ポピュリズム政治はさまざまな領域で注目を集めた。そこでは、なぜトランプ現象が生じたのかといった関心から事例分析が重ねられている。昨年、上梓した拙訳『メディアと感情の政治学』(山腰修三との共訳、勁草書房)は、そうした問いにジャーナリズム研究の立場から答えようとするものだ。この翻訳は、一昨年7月の三田社会学会で編集の方からお声がけいただいた話で、「2020年の大統領選までに出したらインパクト大ですよ!」との力強い言葉に乗せられ、つい引き受けてしまった。のちに私は、1年での翻訳書刊行という無謀なスケジュールに胃をキリキリさせることになる。

原著者のカリン・ウォール=ヨルゲンセンによると、メディアはオーディエンスであるわれわれの不安や不満、怒りなどの感情をかき立てることで、トランプ現象に影響を及ぼしたとする。それらの感情がメディアで表現されることを通じて、社会で広く共有されることにつながるからである。翻訳を進めながら、この理論的枠組みを適用できる日本の事例を考えていた。日本でも「ポピュリズム」とされる現象はいくつか見出せるが、西欧諸国のものとは規模も内容も異なる。問いを熟考できないまま時間だけが過ぎていった。

そうした中、新型コロナウイルスの感染拡大によって私たちの環境が大きく変化した。恐怖や不安の感情の広まりを見ると、日本のコロナ禍の状況は分析対象として適切といえる。実際にメディアを分析すると、自粛しない人たちへの怒りの感情で溢れていた。そうした感情はソーシャルメディアと連関することで広く共有され、政府の感染症対策への不満へとつながったと考えられる。現実の変化により、理論的枠組みが適用可能となったのである。

また、コロナ禍は研究時間にも影響を及ぼした。翻訳が予定には間に合わないのではと不安になっていたが、ステイホームにより研究時間が増えたことで、作業が一気に進むこととなった。このように、コロナ禍という現実は、研究の内容のみならず時間にも影響を及ぼしたのである。さて、翻訳の出版が大統領選に間に合ったかは──大統領選と同じ月に出た、ということだけは明言しておこうと思う。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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