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【Researcher's Eye】
不要不急でも生活必需?

2021/04/20

  • 佐藤 千尋(さとう ちひろ)

    慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科専任講師
    専門分野/サービスデザイン、購買行動

何度「不要不急の外出を控えよう」と耳にしたかわからない2020年だったが、本年も継続しそうな気配が濃厚である。全世界的に自粛ムードが続く中、一体何が不要不急なのか、何が生活必需なのか、だんだんと判断ができなくなってきている人も多いのではないだろうか。

そもそも、生活にとって何が必需なのかの基準は時代や文化によって常に変動してきている。一世紀前にゾンバルトは、贅沢とは「必需品を上回るものにかける出費」であり、この定義は必需品とは何なのかを明確にしないと何が「贅沢」に該当するかもわからないと著書『恋愛と贅沢と資本主義』の中で述べている。そのためには、主観的な個々人の倫理的・審美的な価値基準によって定義するか、あるいは客観的に歴史上のいかなる時期であったかに依存する。決して、贅沢を排除すべきだ、禁欲的に過ごせ、と言っているわけではない。必需の限界は固定されたものではなく、実は自由自在に定められるのである。

世界的に感染症が大流行する現在、それまで何気ない日常だった多くのものに容易に触れられなくなってしまった。行きたい場所へ自在に移動したり、仲間と対面で談笑したり、何を購入するか店頭で悩んだり、美しい芸術に触れる幸せなど、全てが不要不急とみなされてしまう。しかし、終わりの見えない事態において禁欲的に耐え続けたり我慢を強いられ続けたりするのは、一般市民にとって非常に酷である。日常生活におけるほんの少しの憧れや喜びを手に入れることで精神的にも健全な状態で居続けることができるのではないか。

私は、このような視点で生活に余白・余剰・余暇・欲望などを届けるサービスの設計の研究に取り組んでいる。例えば、日常の買い回り。宅配やデリバリーなど既に利用可能ではあるが、ワンクリックで購入したい商品と実際に自分の目で見て選別したい商品を分別したい人も少なくないのではないだろうか。現在愛知県春日井市で実施しているプロジェクトでは、昨今の状況を鑑みた地域の要望を把握すべく、地元商店街やショッピングモールと協同した実証実験を本年1月中旬から開始したばかりである。他にも文化芸術鑑賞や公共交通機関に関するプロジェクトも実施している。どれも不要不急かもしれないが生活不必需ではない、と私は信じている。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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