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【Researcher's Eye】
コロナと相互扶助

2021/03/25

  • 野中 葉(のなか よう)

    慶應義塾大学総合政策学部准教授
    専門分野/地域研究[インドネシア]

新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るい始めて早1年。思えば1年前の今頃は、インドネシアにいた。あの当時、現地ではまだ感染者が確認されておらず、真夏の暑さの中、慣れないマスク着用に戸惑ったことを思い出す。その後2月半ばに帰国して以降、1年近く渡航できない日々が続く。現地調査を常とする身にとって、1年間もフィールドに出なかったのは、子供を出産した年を除けば、研究を志した修士の時以来初めてだ。一方で、現地とのコミュニケーションは意外と活発である。お互いにネット環境が整い、ステイホームで家にいる時間が長いこともあり、オンラインで情報交換したり、議論したりすることにも、この1年ですっかり慣れた。

いくつもの新たな発見の中でも、インドネシアの人たちの相互扶助の実践には、改めて驚かされている。インドネシアでは、人口の9割弱が信仰するイスラームの教えに基づく喜捨や、地域共同体内の相互扶助のシステムが、現代でも一定程度機能している。コロナ禍では、宗教・社会団体、職場、学校、地域のコミュニティなど、様々なチャンネルを通じて寄付が集まり、様々な物資や資金がそれらを必要とする人たちに送られている。私自身の調査地の1つである有名国立大学のモスクでも、教員、学生、近隣の住民からの寄付を集め、貧困層への食料の配布、オンライン授業を受ける困窮学生たちへのスマホやネット通信費のサポート、病院や医療従事者への医療関連用品の提供などを切れ目なく行っている。スマホの簡単な操作だけで気軽に寄付を行える仕組みを整えたことも、功を奏しているという。

助け合いに対する人々のフットワークの軽さに感嘆する私に対し、既知の仲であるモスク管理者は、「公的支援に期待を寄せる日本人との違いさ。政府には最初から期待できないから、我々は自分たちで支え合うんだ」と話した。行政サービスに依らずとも、住民レベルでのセーフティーネットが機能する様をインドネシアでは見ることができる。

ちなみに、インドネシアはコロナの抑え込みには失敗し続けている。感染者は累計で115万人に達し、新規感染者も連日1万人を超えている。感染対策でも力を発揮できない政府に代わり、社会的助け合いのパワーで何とかならないものかと願いつつ、また渡航できる日を待ちわびる毎日である。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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