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【Researcher's Eye】
より良い世界を築くためのポジティブな逸脱

2021/03/15

  • 鈴木 由紀子(すずき ゆきこ)

    日本大学商学部教授・塾員
    専門分野/ 企業倫理

7年前より歌舞伎にはまり、昨年2月までは歌舞伎座の昼夜の部に毎月通っていた。舞台全体が見下ろせ、斬られた女方が美しい姿で倒れているのに驚いた3階の東桟敷、役者の衣擦れやお香漂う花道横の1階席のどちらも快適であった。先日、生配信で新橋演舞場の千穐楽を自宅で観劇した。1階席で観るような感覚も味わえた、久しぶりの歌舞伎であった。

ある役者さんのお弟子さんはコロナ禍で公演中止が続いた時にコンビニのアルバイトをされたとTV番組でコメントされていた。それゆえ、その役者さんも秋からは地方巡業を行ったそうだ。今も、歌舞伎をはじめ芸能、音楽などのプロフェッショナルとそれを支えるスタッフのご苦労は続いている。

私は企業の目的や責任などについて研究している。コロナ禍で欧米の製薬大手のワクチン開発が報道されるたび、かつて在外研究でミネソタ大学から三田に来られていた企業倫理学者のイアン・メイトランド先生の言葉が思い出される。

企業の社会的責任は事業分野によって意味が異なる。製薬会社には社会貢献活動などにお金を出すのではなくすべて研究開発に投じ本業に徹するべきで、製菓会社のそれとは違うと言われていた(中にはカカオ生産国での教育支援活動や生産支援活動を行っている製菓会社もある)。

私はより良い世界を構築するために企業がいかに貢献していくかを考えるにあたり、Positive Organizational Scholarshipという学問領域の中でみられるpositive deviance(ポジティブな逸脱)に数年前より関心をもっている。

逸脱という言葉は、一般にはネガティブなものと認識されるが、企業行動に関連したポジティブな影響をもたらす逸脱の存在もある。有名なケースでは、大村智博士のノーベル生理学・医学賞受賞で知られるようになった河川盲目症の治療薬を1987年からメルク社が無償で提供してきたことが挙げられる。最近、研究の途中経過を拙著『より良い世界を構築するための競争──ポジティブな逸脱となる企業行動の研究』(中央経済社)としてまとめた。

歌舞伎の生配信はポジティブな逸脱といえるが、これを起点にオペラのように歌舞伎が世界に広まるきっかけになることを期待するとともに、歌舞伎座のあの空気感を1日も早く多くの人が再び味わえるようになることを祈っている。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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