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【Researcher's Eye】
近くて遠い

2021/02/20

  • 田口 良広(たぐち よしひろ)

    慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科教授
    専門分野/ナノ・マイクロ熱工学、Optical MEMS

御年96歳になる祖母は仙台の老人ホームに入所している。昨今のコロナ禍で東京からの来所者は、建物に入ることも許されない。そこで通信機能があるセルラーモデルのiPadを購入し、ビデオ通話を用いることでオンライン面会が叶った。家族間でもソーシャルディスタンスを意識しなければならない状況で、家族の距離が近づいた瞬間だった。学会においてもWeb会議システムの導入が進み、シンポジウムのオンライン開催やオンラインイブニングセミナーなどが実現し、これまで参加が難しかった遠方からの参加者が急激に増えていると聞いている。このようにコロナの時代において、オンライン会議システムによって人との距離がグッと近づいた。

それでは授業はどうだろうか。理工学部では2020年度春学期の授業は全てオンラインとなった。筆者が講義を担当している学部2年生の必修科目(熱流体システム第一)では、板書の様子を撮影し、慣れない動画編集ソフトを駆使して講義動画を作成しオンデマンド配信した。対面授業の際に実演していたデモンストレーション(例えばスマートフォンを分解して熱制御デバイスの観察)も実演する様子を撮影した。さながらユーチューバーになったような気分である。当該講義時限にはWeb会議システムを用いてティーチングアシスタント(TA)がリアルタイムに質問を受け付ける。これでほぼ対面授業と遜色ない準備ができた。しかし実際に授業を始めてみるとTAへの質問がほとんどなかった。どこかおかしい。

筆者が所属する学科では、学部3年生向けに研究室配属説明会を例年開催している。2020年度はコロナ禍でオンライン開催となった。当研究室は研究室紹介動画(4分)を配信するとともに、Web会議システムを用いてリアルタイムオンライン説明会も開催した。対面説明会と違い気軽に参加できるので、さぞ参加者も増えるだろうと考えた。しかし実際に説明会を開催すると対面時よりも参加者は激減した。他の研究室に様子を聞いてみても同様だった。どこかおかしい。

筆者は熱工学を専門としている。Web会議システムで人との距離は縮まった。しかし両者の間には薄い断熱材のようなものが存在し、こちらの熱意も相手の熱量も伝わらない。さらなる工夫が必要ということか。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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