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【Researcher's Eye】
真実を見いだす価値創造を考える

2021/01/18

  • 矢作 尚久(やはぎ なおひさ)

    慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科准教授

    専門分野/ヘルスケア社会システム戦略論

医師が患者にとって最適な治療方針を決定する際に用いる情報は多岐にわたる。この情報は、今身体で起きている病態を時系列上で多面的に収集し、その変化(以下、病態変化)を緻密にそして正確に捉え予測につなげているため、第一線の臨床医の判断は的確とされる。

診療現場でEBM(Evidence Based Medicine)が自明とされ、臨床研究も盛んになり様々なデータと統計手法が扱われるようになった。一方で患者の病態変化をデータに変換する際に無数の情報が捨てられるため、その生成過程を正確に把握していなければ、精緻な結果も誤った解釈に導いてしまう。臨床を知らぬデータサイエンティストらは、医療データ= 命そのものという現実を肝に銘じるべきだろう。他方でより最適な医療となる患者視点のValue Based Medicine 実現に向け、遺伝子を含む患者個人のあらゆる情報を活用するPrecision Medicine が進み、ようやく研究も第一線の臨床医達の暗黙知をアシストできるレベルに進化してきた。

ビジネスでは、社会共有の価値創造が理解され始めた。社会を構成する個人の個別具体的な最適解を導き出せる時代になり、トレードオフとされてきた個人・社会・地球の課題が同時に解決できることを暗示している。個人の時間的変化をも捉えるスモール”ビッグデータ”の分析が、ビジネスをさらに精密なものとし、最適化していくだろう。

最近「科学的根拠」と言わず「エビデンス」を口にするエリートが増えた。しかし、内容を紐解くと、自身の言動を正当化するために利用しているのが判る。また、多様化した解析手法を理解せずに結果を解釈すると真実とは程遠くなる。特にアルゴリズムの検討なきAIの乱用は思考停止より危険である。「信の世界に偽詐多く、疑の世界に真理多し」(学問のすゝめ)、HowからWhyの教育への移行が急務である。

ただ、一条の光は差している。「エビデンス」によって行動変容する人が全てではない。彼らは現実世界との違和感から「腑に落ちない」という、人間の感覚知が優れていることの証でもあり、改めて「スモールビッグデータ」の重要性に気づかされる。データが表現しきれない情報に果敢に挑み、それを互いに評価しながら価値創造し続ける関係性を維持し切磋琢磨できる社中でありたい。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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