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【Researcher's Eye】
QOLとQOV

2020/11/20

  • 中澤 洋介(なかざわ ようすけ)

    慶應義塾大学薬学部衛生化学講座専任講師
    専門分野/ 創薬化学

我々は日常生活の中で、眼からの情報が8割とも9割とも言われている。多くの情報を眼から取り入れている中で、あまりに当たり前すぎてそのありがたさを忘れてしまいがちであり、視機能が低下した時に、そのありがたさを身にしみて感じるだろう。

今日の我が国日本においては、後天的失明原因の1位は緑内障であり、40歳以上の約5%、20人に1人の割合で発症するとされている(多治見スタディー)。緑内障は、網膜上の視神経が障害をうけ、視野が徐々に欠けていく疾患である。房水の産生と排泄のバランスが崩れ、眼圧が上昇し、視神経を障害することが原因とされてきたが、緑内障全体の中で、眼圧が正常範囲内の正常眼圧緑内障が72%を占めることが報告されており、眼圧を下げる抗緑内障薬に加えて、新しい作用機序の緑内障治療薬の開発が求められている。

一方、世界的に見ると後天的失明原因の50%以上は白内障である。日本においては、眼科医あるいは眼科機器メーカーの努力によって、現在では日帰り白内障手術も可能となるなど白内障手術が飛躍的に普及し、白内障が原因による失明は3%程度である。しかし、白内障は高齢者に頻発する疾患であり、80歳台までにほぼすべての国民に発症すると言われている。さらに白内障に対する効果的な薬物治療が確立されていないという問題は、今後、超高齢者社会を迎える我が国において大きな問題となるだろう。

医療の歴史を辿ると、眼科分野は角膜移植による移植医療、人工臓器である眼内レンズによる白内障治療、iPS細胞を用いた加齢黄斑変性症(かれいおうはんへんせいしょう)の治療、角膜再生医療など、医療の最先端を提供し続けてきた分野である。また医療技術の進歩により、平均寿命は延長し、また難治性疾患も以前に比べ治療効果が上昇したことにより、健康寿命の延長やQOL(Quality of Life)の維持が今後重要な課題となってくる。それには、視機能の質、つまりQOV(Quality of Vision)の向上は欠かせない。

Researcherは、論文執筆やスライド作成など、眼を酷使する仕事ではないだろうか。たまには、眼のことを考え、休ませることも大切であろう。まさに、Researcher’s Eyeである。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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