三田評論ONLINE

【Researcher's Eye】
監視型捜査

2020/11/11

  • 尾崎 愛美(おざき あいみ)

    杏林大学総合政策学部専任講師、慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート客員所員
    専門分野/ 刑事訴訟法、情報法

20世紀の後半から21世紀にかけて飛躍的に進化を遂げた情報通信技術は、犯罪捜査の在り方そのものを変容させつつある。情報通信技術は、多種多様なデータ(ビッグデータ)の生成・収集・蓄積等を可能・容易ならしめた。ここにおいて、監視型捜査という新たな捜査の類型が浮かび上がる。

たとえば、位置情報を犯罪捜査に活用すれば(これを「位置情報取得捜査」という)、対象者を網羅的に監視することが可能となる。1つ1つの位置情報は、単に個人が特定の時間に特定の場所にいたという記録にすぎないが、位置情報を網羅的に収集することにより、個人の行動の履歴を把握することができる。そして、個人が何処に行ったか、誰と会ったか、といった行動の履歴を辿っていくと、個人の住所や勤務先のみならず、交友関係、ひいては、思想・信条等までも明らかにすることが可能となる。このような捜査は個人の行動や表現活動に萎縮をもたらすかもしれない(「表現の自由に対する萎縮効果」)。

また、近年発展のめざましい技術の1つに顔認証技術がある。報道によれば、既にわが国の捜査機関においても顔認証システムの運用(さしあたりこの種の捜査手法を「顔認証捜査」と称することとする)が開始されているようである。この点、顔は公衆に曝されているものであり、顔そのものは秘匿性を有しないことから、顔情報は位置情報と類似する性質を持つといえる。そうだとすると、顔認証捜査は、位置情報取得捜査と同様、監視型捜査に分類することができよう。他方、顔認証技術は、有色人種に適用された場合に精度が落ちるとの指摘がある。そこで、米国においては、人種間の偏見や差別を助長させる可能性のある顔認証システムを捜査機関に提供することを停止した企業が散見される。さらに、米国のいくつかの地域では、法執行機関による同技術の利用を禁止する条例が制定されている。

今後、わが国においても、位置情報取得捜査や顔認証捜査をはじめとする監視型捜査の適正な運用を求める動きが高まるものと思われるが、その際には、「表現の自由に対して萎縮効果を及ぼすおそれがあるか」「構造的差別を助長する可能性があるか」といった観点まで視野に入れた議論が求められるのではないだろうか。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

  • 1
カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事