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【Researcher's Eye】
質的研究法雑感

2020/10/29

  • 戈木クレイグヒル 滋子(さいきクレイグヒル しげこ)

    慶應義塾大学看護医療学部教授
    専門分野/質的研究法、小児看護学

古い話になるが、質的研究は科学ではないと揶揄される時代に留学し、質的研究の巨人たちに出会った。日本で「師の背中を見て学べ」的な教育を受け、なぜ統計学のように分析方法が言語化されていないのかと、もやもやしていたので、質的研究においても研究法を学ぶことが必須なのだと知り、すっきりしたことを覚えている。

私が専門にしているグラウンデッド・セオリー・アプローチ(以下GTA)は、エスノグラフィー、現象学と並ぶ3大質的研究法の1つである。GTAはデータを基にして分析を進め(ここからgrounded と命名されている)、データの中に出てきた現象がどの様なメカニズムで生じているのかを理論として示そうとする方法である(ここからtheory と命名されている)。完成度の高い分析手順が言語化され、初学者が学びやすい研究法になっている点で、他の方法とは一線を画している。

しかし、日本においては、導入時の紹介が不適切であったために、なにがGTAなのかが不明確で、混沌とした状況が続いていた。そのような中、2005年に『質的研究法ゼミナール:グラウンデッド・セオリー・アプローチを学ぶ』(医学書院)を上梓する機会をいただいた。タイトルに「質的研究法」と加える必要があったことからも、GTAの知名度が今ほどではなく、その特性も十分に理解されていなかったことが想像いただけるだろう。

それから15年を経る中で、GTAも少しずつ日本に根付き、近年出版された『質的心理学辞典』(能智正博他編、新曜社)や『質的研究法マッピング――特徴をつかみ、活用するために』(サトウタツヤ他編、新曜社)にも、他の研究法と同等のものとして取り上げられるようになった。しかし、あいかわらず「基本は分かったが、うまく使えないので直接トレーニングを受けたい」という問い合わせが後を絶たない。研究法は、効果的に用いてこそ意味のある道具であるが、学ぶことと実践との間にはいまだに大きな隔たりがあるようだ。

これまで、GTAに関して、入門書、中級者用の分析書、自習書、データ収集の書と、性格の異なる5冊の本を書かせていただいたが、最後に、実践的な研究ハンドブックを作りたいと考えている。15年後、30年後にはさらに裾野が広がり、GTAが効果的に活用されることを祈りつつ。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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