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【Researcher's Eye】
観察と発見

2020/10/23

  • 亀山 雄高(かめやま ゆたか)

    東京都市大学理工学部准教授
    専門分野/表面改質、材料加工

仕事柄、電子顕微鏡での観察を行う機会が多い。観察に没頭するひと時、私を突き動かしているのは「まだ見ぬ面白いものを、どこかに発見できるのではないか」との思いである。何かを発見したくて観察をするのか、それとも観察をしているから発見があるのか。いずれにせよ私は、大部分の人が気に留めないようなものを発見することがあるようである。本稿では、以前発見したあるささやかな「遺物」のエピソードについて、記憶を頼りに記してみたいと思う。

それは私が以前在籍していた某研究機関が保有していた、建築が明治年間とも大正年間とも言われていた古い建物の中の一室にあった。物置として使われていた小部屋の壁に、新聞紙が貼られていた跡があることに、ある時ふと気付いたのである。糊付けされた部分の紙が、文章にして3行分くらいの幅の痕跡となって、辛うじて残っていたのであった。

これを発見した私は、新聞紙がいつ頃のものなのかと関心を抱き、酸化して茶色く変色した紙片に顔を近づけた。今思えば、我ながら観察してみようという気をよくも起こしたものである。果たしてそこには、『占領地の概況』などといった意味合いの言葉や、アジア各地の地名と思しきカタカナ言葉が判読できたように思われた。現代の社会ではまず組み合わせて使われることのない単語の羅列から、これはもしかしたら戦時中の新聞が貼り付けられたものなのではないか……と想像して、大発見に1人興奮を憶えた。

しかし後悔すべきことに、私はそのとき紙片の写真などの記録を、一切残さなかった。肝心の紙面の内容が、あいまいな言葉でしか述べられていないのは、そのためである。そして現在、私にはこの紙片を改めて観察することが叶わない。その建物を擁するキャンパス自体が、閉鎖されてしまったのである。一体、あの紙片の正体は何だったのであろうか。そして観察結果に基づく私の考察の正否やいかに。

幸い、建物には史跡としての価値が認められ、取り壊しを免れ地元自治体による整備が進められている。自治体の担当者と雑談する機会を得た私は、「部屋の壁にとても古そうな新聞紙の跡が残っていますよ」とお伝えしたが、私が発見した遺物は、整備完了後にそのまま残っているであろうか。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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