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【Researcher's Eye】
島社会に脆さと強さを想う

2020/10/12

  • 棚橋 訓 (たなはし さとし)

    お茶の水女子大学副理事、文教育学部教授・塾員
    専門分野/文化人類学

学部生の頃からオセアニアの文化に魅せられ、爾来40年、オセアニアの小島嶼(とうしょ)での住み込み型の現地調査を繰り返しながら、島世界の文化人類学的研究に携わって生きてきた。日本に居ると、赤道下の熱帯の過酷な陽射しと時折の涼風の恵みが恋しくて堪らなくなる身体にすらなってしまった。

ヨーロッパ列強による植民地化の混乱の渦中に生起した末法思想の研究やら、ヨーロッパ型の近代土地法制の移入による社会変動過程の研究やら、人口動態の研究やら。これまで無節操に様々な研究テーマを齧ってきたが、ここ10年余は、塾文学部の山口徹さんらと共に地球規模での気候変動に起因する海面変動や気象災害の激甚化が小島嶼社会に及ぼす影響と現地社会のレジリエンス(外の力から生じる歪みに対する復元力・回復力)の研究に腰を据えて、ミクロネシアやポリネシアの環礁州島で現地調査を繰り返している。環礁州島とは、環状に形成されたサンゴ礁を土台とし、海抜4メートル未満と低平で、土壌が薄く、地上の動植物相に乏しく、雨水を溜める以外に地上の真水がない、規模の小さな島々のことである。

現地調査の過程では、地球上で最も脆弱な環境の部類に入る環礁州島に気候変動が及ぼし続ける猛威を目の当たりにした。そして、大陸の「文明」の営為が誘因となってこの惑星に長年に亘って蓄積されてきた負の歪の皺寄せが、大陸からは隔絶して生活資源に乏しく、「近代」によって世界の最周縁に位置づけられ、真っ当なインフラ構築とは無縁な植民地統治に翻弄され続けてきた小島嶼社会に真っ先に噴出している理不尽さに怒りを覚えた。

もちろん、理不尽さの告発と怒りが調査研究の結論というわけではない。自然環境における脆さと、「文明」と「近代」によって周縁化され続けたことから人為的に生み出された脆さ。この二重に交差する脆さを生きるなかで育まれることになった小島嶼社会の人びとの生き抜く強さこそが注目される。その強さとは、自然の猛威を含む外の力から生じた歪みに対して、社会構造や政治組織すら劇的に変え続けて生き抜くという、柔軟性の力である。この柔軟性の力から、われわれが学び得るものは無尽蔵にあるのではないかと考えている。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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