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【Researcher's Eye】
90倍の入場料ペトラ遺跡

2020/07/14

  • 錦田 愛子(にしきだ あいこ)

    慶應義塾大学法学部准教授
    専門分野/ 中東政治

ヨルダン南部の内陸に位置する世界遺産ペトラは、紀元前6世紀頃からこの地域に住んだナバタイ人が築いた都である。枯れ谷の岩肌を削り出して造られた建物は壮大で、神殿には見事な装飾が施されている。赤みがかった岩肌は、太陽の光でバラ色に染まり、人気の観光スポットである。映画『インディ・ジョーンズ』の撮影地となったことでも有名だ。

大学院生として留学した2003年以降、私は何度もこの場所を訪れてきた。語学学校の同級生と遠足で行ったり、知人を案内して行ったり。とはいえヨルダン人の友人と行ったことはなく、たいてい日本人か外国人と一緒であった。砂漠に忽然と現れる砂岩の遺跡や、ラクダに乗って回るツアーなどは、エドワード・サイードが批判するオリエンタリズムをまさに体現するものなのかもしれない。

そうした外国人観光客を期待してか、ペトラの入場料の外国人と地元住民の価格差は、なんと90倍である。地元料金の1JD(約150円)は、市内のバス代よりは高いがタクシーの初乗りよりは安いという、リーズナブルな価格なのだが、日帰り観光の外国人向け入場料は90JDと、1万円をはるかに超える。世界一高い入場料ともいわれる。丸1日を費やしても足りないほどの広さがあるとはいえ、高額な価格設定である。長期滞在の際は、私はヨルダンIDを使って入っていた。

この価格設定には、ヨルダンの産業基盤の弱さがうかがわれる。中東でも産油国ではなく、目立った産業もないヨルダンには、流通と観光以外にあまり収入源がない。難民を多く受け入れているため、国際支援への依存度が高い。そもそも列強諸国による分割で、もともとまとまりのなかった地域に国が作られてから、まだ百年にも満たない。急に自立しろというほうが、無理があるのかもしれない。

ちなみに現在のヨルダンはアラビア語話者がほとんどを占めるが、アラビア語にPの音はない。「ペトラ」という名前は、ギリシア語の「岩」に由来するようである。外国語由来の名をもち、国際機関ユネスコに登録されたことで、集まる外国人観光客に対して、ここぞとばかりに高い入場料をふっかける。その率直さに、私はなんとなく憎めないものを感じてしまうのである。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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