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【Researcher's Eye】
SNS時代の相互扶助のかたち

2020/05/28

  • 柳瀬 典由(やなせ のりよし)

    慶應義塾大学商学部教授
    専門分野/保険・ファイナンス

2018年10月、中国のアリババ・グループが会員向けに医療保障を行うサービスを開始、わずか1年で加入者は1億人を突破した。驚異的なスピード成長だ。最大の特徴は、一般的な保険と異なり、加入時には掛け金の拠出は不要、支払い事案が発生した後に給付金の支払額と管理費の合計を加入者間で「割り勘」する点にある。興味深いことに、実はこの仕組みの基本形は、福澤諭吉先生によってわが国に保険が紹介されるはるか以前から存在しており、日本だと頼母子講(たのもしこう)や無尽(むじん)と呼ばれてきた。いわば、古くからの相互扶助の仕組みを、現在のソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の中に再現したものといえる。

そもそも、保険の機能は「リスク・プーリング」にそのルーツをもつ。例えば、AとBの2人がそれぞれ、0.2の確率で事故に遭遇し500万円の損害が生じるとしよう(両者の事故は無関係に発生すると仮定)。ここで、2人が「損害が生じたときにはそれを2人で折半する」という取り決めを行うとしよう(これを「リスク・プーリング」という)。そして、われわれがA(またはB)の立場にあるとき、多くの人はこの取り決めを実施したいと思うだろう。このような選択をする人のことを、私の専門分野では「リスク回避的」な人という。ざっくり言えば、「リスク・プーリング」によって、2人とも事故に遭遇し1人500万円を負担しなくてはならない確率は、0.04(0.2×0.2)になるので、極端な結果(損害が0円か500万円)の確率が減少し、安定的な状況が作り出される。「リスク回避的」な人はこのような状況を好むのである。

考えてみれば、どれほどテクノロジーが発達しようとも、人間の本質は昔から変わっていないのかもしれない。たとえば、給料がさほど変わらなければ、より安定感のある生活が望ましいと思う人は少なくないだろう。「リスク回避的」なのだ。アリババの新サービスは、既存の保険の脅威であるという論評も多い。しかし、保険の機能からひも解けばそれは「先祖返り」しただけのものであり、その前提にはわれわれ人間の普遍的な本質がある。それを科学的に捉えることによって、一見、新しく見える物事の本質についてじっくり考えることができる。「学問」することのおもしろさはこの点にある。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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